霊が存在するところ

自分のきもちや心であるはずにも関わらず、

ご自分が非常に心の片隅に追い込まれているような感覚になってしまうこともあります。

自分心が隅っこに追い込まれているような不思議な感覚はだったり、

そういう感覚の中にいつしか霊的な意識が入り込んでいることもあります。

このような方は霊的な存在を考えたほうが納得が出来て解決も早いかもしれません。

霊には肉体がありませんから、

人の心や感情につながりやすい存在でもあります。

また精神世界のことを理解されている方でも、世の中の変化の速さは人の内面の、スピリチュアルな部分が、表面にあらわれてくるために起こる、荒波のようで社会も不安定な波動がしばらくは続きますから多少の波をかぶってしまうこともあるかもしれません。

くれぐれも輝きのある、ご自身の霊性と魂を手放すことがありませんように。

守護世界の次元の高い霊も感情や感性に存在していることを忘れないでください

心と霊のバランス

神経をすり減らしてしまうような感覚、表面的には普通に社会と溶け込んでいるという方でも、

何故か物足りなさと刹那さ、自分の心の奥底が悲哀に満ちて、気持ちのやり場の無いことで悩まされていることもあるかもしれません。

それは自分の人としての生き方と、霊的なご自分の役割とのギャップが生じていることが多いものです。

人としての自分は見えない世界のことに気づかないで、忘れていることもあるかもしれませんが、霊的な役割というものがそれぞれの方にもたらされてきています。そして、それが人間界で忘れすぎていても、心と霊のバランスを欠いてしまうこともあるのです。

霊的な現象というのは二通りの考え方があります。一つには霊に憑かれたとか霊を視たとか、外部的な影響を受けることも霊的現象でもあります。
もう一つには人は自分自身にも霊体と魂を持っていますから、自分の霊性でも悩まされることもあります。感受性の高い人は、外部の霊にも敏感ですが、自分自身の霊性にも非常に過敏に反応していることもあるのです。

霊動

霊感の強い人の中には横になっていたり、リラックスをしているときなどに体が揺れ動いているように感じる人もいます。自分の霊体と肉体の差を微妙に感じやすくなっているのです。

寝ているときに、実際にはファックスも電話も鳴っていないのに、電話の音が鳴って起きてしまうという人もいます。この場合にはご自分の精神的な疲れや多忙から霊的現象が引き起こされていることもあります。

霊感のある人は感が強く働きすぎてしまうこともあるのですが、体も心も疲れてくるとマイナス意識になりやすく、霊的にはマイナス霊を引き寄せやすくなる人もいます。霊は微細に電磁を帯び、特に電気系統に反応を起こしやすいのです。

またあきらかに霊現象の場合には、本当にかかってない電話が鳴ったり、テレビが勝手についたり、電気製品が続けざまに故障したり、電磁場と異なりますが、波動を利用して存在を知らせてくることもあり例えば、

私も経験したことがありますが誰もいない仏間でご仏壇のお鈴が「チ~ン!」となったり、神棚で柏手を打つ音がきこえたりという経験をしたことがあります。

純粋な魂を守るために

最近の子供さんは頭も良いし、おしゃべりも達者です。少子化でもありますから子供さんの教育にかける時間も多いと思います。知人の子供にも会いますが遊ぼうという好奇心と元気さはいつの時代でも、成長力を感じます。

霊的な感覚で思うことは子供は常に純粋ですが、最近のお子さんはとても純粋で、しかも魂はいわゆる過去世にさまざまな体験をして磨かれてきている魂のレベルが高いと思います。

人の痛みを理解できる、思いやりがある、強さがある、愛を知っている、とても容量が深く、そして純粋さを保っていることを感じます。

けれども純粋であるがために、人間的な生活と社会の中において、成績を重視されすぎたり物質的なことばかりに比重がかけられたりすると、まず人間的にバランスを崩しはじめます。魂のレベルが高くても、純粋であるがゆえに社会の物事への判断が流されてしまい、自身をとらえることができなくなります。

気持ちの居場所がないような状態で、その状態が続くと心と意識をつなぐ精神的な存在の霊的な自分(霊体)が傷ついてきます。悪くすると、その弱ったところに霊的なものが憑くということになります。

ニュースでも親子のトラブルや、傷ましい事件沙汰が増えています。
親御さんも社会生活について行かれることで大変だと思いますが、子供さんも純粋であるがために、いまは特に霊的に暗雲が立ち込めている時代ですから、心をつなぎとめていかれる会話とふれあいを大事に考えることが大切です。

子供さんにどのように接していいかわからないと思う方は、ご自分ならどう接して欲しいのかを想像されて心から伝えて行くことも必要ではないでしょうか?
親子で空を見上げて深呼吸する・・・・・・。
そんな時間はとても大切ではないでしょうか。
純粋すぎることはとても傷つきやすいことでもあります。
魂と呼ばれる世界で磨かれてきたからこそ、この社会で耐えられる精神的な力もあることを信じられますように。

霊の影響は複雑に心に絡んでくることもあります。行き場を失わないように。

自分らしく

霊的に影響を受けている場合には、ご本人の意識に戻していかなくてはなりませんが、第一に理解していくには自分ではなくて霊的な仕業であることを受け入れることです。 意識の中で振り分けて霊と自分の違いを浮き出して行かなければなりません。

精神的な病気といわれることにもかなり霊的な問題が関わっていることも多いのですが、霊的に違うものが入れ替わっている場合もあり、同じ霊意識(低級霊)が違う人格であるがごとくに動いている場合もあります。

不安と猜疑心がだんだん強くなってしまったり、まるで子供のようになってしまうこともあります。

感覚意識にも霊的な影響も出てくることもあります。

二重人格のような現象

自分以外の人と接するときに多くの場合、気を使っているものです。

たとえば朝、家族と喧嘩をした日でも学校や仕事場に行っても何事もなかったように、他の人達には挨拶をし、なるべく平静を装って普通の会話をするように心がけるものです。

親しい友人には愚痴をこぼすかもしれませんが、なるべく関係のない人には身内の喧嘩やトラブルのことは話さないし、話したくないものです。常に心は感情のコントロールをしていくようにがんばっています。

ただ感情の起伏が激しく、感情をコントロールできなくなると抑えているつもりでも、継続してしまい、これではいけないと思う自分の気持ちの中にそれを否定するかのような感情が、「怒りであったり」「人を責めることだったり」「自分を責めることであったり」など とめどなく気持ちの中に別の意識がいるような感覚が続いてくるときには、霊的な影響も受けていることもあります。

霊的なものの意識は人間がマイナス意識に陥ったときに入り込みやすくなります。 (意識や感情が動かされやすくなるような状態) 自分は二重人格ではないかと思うくらい、いつもの自分とかけ離れた感覚があったり、ただ霊の意識に操られてしまうと、気持ちが変わることもあります。

人が怖い

人と目を合わせることが苦手だったり、怖いと感じることは、消極的な人だからとは限りません。

霊感の強い人もときとしてこのような現象をおこすことがあります。

いろいろな霊的現象

もしも霊という表現に違和感があるのでしたら、3次元空間的現象と思ってください。霊的なご相談に来られる方で、これは霊的なことかどうか判断ができずにおりましたと言われる内容がありますので、いくつかの霊的現象が要因となっていることを挙げてみます。通常の霊体験といわれることとも重なりますが書き添えておきます。

・ 霊(お化け)が視える
・ 誰もいないのに声が聞こえる(霊聴)
・ はっきりしたものではないが、急に耳がざわつく
・ 人の気配が影のように感じる
・ 体は元気だが、背負い込んでいるような重さを感じる
・ 何かに触れられているような感覚がするときがある(霊気)
・ 感情、感覚の上下が激しい
・ 自身で感情のコントロールがしづらくなる
・ 飲食でも極端に食べ過ぎたり、バランスがとれない
・ 急に落ち込んだり、マイナス思考がつづく
・ 自分を責めてばかりになる
・ 人の意識がとても気になる・・・・・・・ etc

すぐにおさまるような現象なら問題ありませんが、霊的な現象にはいろいろなことが含まれていることもあります。霊の心もしあわせ探しをしているのです。

人生のテーマ

どれほど食べるものやお金があり、生活に不自由しなくても、その上健康でいられても、それでも悩みがないと言いきれる方は少ないです。

満足しても次にはそれなりの試練や、もしくは責任がかかってきます。責任とは人より豊になったことの維持と還元でもあります。そうしないとしあわせはまた過ぎ去ってしまいます。

物質的には人の役に立つことへの仕事で還元されることもありますし、ボランティア活動もそうです。企業なら事業展開で利益を生み出し、社会に還元していくことかもしれません。

個人個人はそれぞれ生まれ持った宿命が違います。お互いに違う宿命があるからこそ意見の食い違いや葛藤が生じます。そこからお互いを理解していくために付き合い方を模索していきますから、気が合わない相手でも、やむを得ずつきあうためには妥協できる部分をなんとか見出そうと努力します。

出会いたくない、付き合いたくない人はいるものです。苦痛でもしばらく仕事をしなければいけないことにもなるわけですが、自分が苦手な人と接していくうちになんとかうまく対応できるようになってくるものです。

日常のさまざまな局面で、誰の元にも「人生のテーマ」が与えられてきます。もっと大きく人生全体の流れを捉えてみると、「人生のテーマ」が軸となって生涯に大きな影響をもたらしています。 例えば商店を経営している家の跡継ぎに生まれ否応なく(最終的には本人の意思ですが)、跡を継ぐことになったり、または家になじめず親子関係がうまくいかずに悩んで早くから実家を離れて暮らしていく人もいたり。

人生の基本的なテーマは変えることはできませんが、けれどもその環境に反発もするし、自身が置かれた立場や状況にうろたえて精神的な壁に自身が囲まれてしまいます。

このようなときに人間的な自分が人として存在している、状況だけに縛られて苦しむのではなく、精神的な存在・霊的存在である自分が支える力にもなっていることを忘れないでください。

「そんなことは思い出すこともできないし、記憶もない」かもしれませんが、人は前世、過去世や過去の時間の構築があってこそ、その存在が成り立ってきています。

大切なことは人や自分を傷つけてその場を切り抜けようとすることよりも、どう切り抜けていけばできる限り後悔のない、自身の存在する流れを未来につなげ、育んでいくことができるかをポイントに置いて、最終的な人生のテーマはしあわせな心を育むことでもあります。

*人生は流動していますから同じところであまり長くたたずんでいられません。
そして「不幸を知るから幸福を早く知ることができます」

霊的ガイドはいます

生まれつき「運」が強いとか弱いとか言われるように、数ある過去世から未来へつながるための経過途中でこの時代に生まれて、宿命の違いはありますが自身の使命(ミッション)をえらんできたのです。その宿命の枠の中の人生を、どのように自分が支え、努力して乗り越えて生き抜いていくのかが生きる意味でもあります。

どのような境遇に育つかは異なりますが、似たような境遇の人もいます。それでもその状況に対しての選択肢はそれぞれ異なりますし、どの方向にいくかは心の動きでもあります。そのときに霊的ガイド(守護霊)はこうしたらよいのだということの「意識」のアドバイスはしています。その働きかけに気持ちを動かされ導かれるかどうかは、自身の感性がどの位置にいるのかで受け取り方が微妙に変わってきます。

守護というのは必ず引き上げてくれて、強運を授けてくれるという神頼み的な存在ではありません。常に働きかけはしていますが、ご本人が下ばかり見ているようでは守りにも限界があります。できる努力は惜しむことがないように、後を(過去)振り返る時間をなるべく最小限にしていくことが大切です。そうでなければ守護霊がいくら導こうとしても自分が心を閉ざしていたのではどうにもならないのです。 守護は霊的ガイドとして、あくまでも案内役ですから意識下で必要なアドバイスはくれますが、決断するのは守護ガイドではなくてご自分自身でなければならないのです。

現世は魂が肉体を借りて、人生勉強をしどれほど霊格を上げていくかの修行場でもあります。

例えば朝眠いあなたを駅まで担いでいくことが守護霊の役目ではありません。けれども気持ちが落ち込んでいるときにも、これ以上傷つくことがないように霊的なあなたを内面の見えない世界から支えていくために守護は働きかけています。そしてしあわせを願って導いています。