人が怖い

人と目を合わせることが苦手だったり、怖いと感じることは、消極的な人だからとは限りません。

霊感の強い人もときとしてこのような現象をおこすことがあります。

いろいろな霊的現象

もしも霊という表現に違和感があるのでしたら、3次元空間的現象と思ってください。霊的なご相談に来られる方で、これは霊的なことかどうか判断ができずにおりましたと言われる内容がありますので、いくつかの霊的現象が要因となっていることを挙げてみます。通常の霊体験といわれることとも重なりますが書き添えておきます。

・ 霊(お化け)が視える
・ 誰もいないのに声が聞こえる(霊聴)
・ はっきりしたものではないが、急に耳がざわつく
・ 人の気配が影のように感じる
・ 体は元気だが、背負い込んでいるような重さを感じる
・ 何かに触れられているような感覚がするときがある(霊気)
・ 感情、感覚の上下が激しい
・ 自身で感情のコントロールがしづらくなる
・ 飲食でも極端に食べ過ぎたり、バランスがとれない
・ 急に落ち込んだり、マイナス思考がつづく
・ 自分を責めてばかりになる
・ 人の意識がとても気になる・・・・・・・ etc

すぐにおさまるような現象なら問題ありませんが、霊的な現象にはいろいろなことが含まれていることもあります。霊の心もしあわせ探しをしているのです。

人生のテーマ

どれほど食べるものやお金があり、生活に不自由しなくても、その上健康でいられても、それでも悩みがないと言いきれる方は少ないです。

満足しても次にはそれなりの試練や、もしくは責任がかかってきます。責任とは人より豊になったことの維持と還元でもあります。そうしないとしあわせはまた過ぎ去ってしまいます。

物質的には人の役に立つことへの仕事で還元されることもありますし、ボランティア活動もそうです。企業なら事業展開で利益を生み出し、社会に還元していくことかもしれません。

個人個人はそれぞれ生まれ持った宿命が違います。お互いに違う宿命があるからこそ意見の食い違いや葛藤が生じます。そこからお互いを理解していくために付き合い方を模索していきますから、気が合わない相手でも、やむを得ずつきあうためには妥協できる部分をなんとか見出そうと努力します。

出会いたくない、付き合いたくない人はいるものです。苦痛でもしばらく仕事をしなければいけないことにもなるわけですが、自分が苦手な人と接していくうちになんとかうまく対応できるようになってくるものです。

日常のさまざまな局面で、誰の元にも「人生のテーマ」が与えられてきます。もっと大きく人生全体の流れを捉えてみると、「人生のテーマ」が軸となって生涯に大きな影響をもたらしています。 例えば商店を経営している家の跡継ぎに生まれ否応なく(最終的には本人の意思ですが)、跡を継ぐことになったり、または家になじめず親子関係がうまくいかずに悩んで早くから実家を離れて暮らしていく人もいたり。

人生の基本的なテーマは変えることはできませんが、けれどもその環境に反発もするし、自身が置かれた立場や状況にうろたえて精神的な壁に自身が囲まれてしまいます。

このようなときに人間的な自分が人として存在している、状況だけに縛られて苦しむのではなく、精神的な存在・霊的存在である自分が支える力にもなっていることを忘れないでください。

「そんなことは思い出すこともできないし、記憶もない」かもしれませんが、人は前世、過去世や過去の時間の構築があってこそ、その存在が成り立ってきています。

大切なことは人や自分を傷つけてその場を切り抜けようとすることよりも、どう切り抜けていけばできる限り後悔のない、自身の存在する流れを未来につなげ、育んでいくことができるかをポイントに置いて、最終的な人生のテーマはしあわせな心を育むことでもあります。

*人生は流動していますから同じところであまり長くたたずんでいられません。
そして「不幸を知るから幸福を早く知ることができます」

霊的ガイドはいます

生まれつき「運」が強いとか弱いとか言われるように、数ある過去世から未来へつながるための経過途中でこの時代に生まれて、宿命の違いはありますが自身の使命(ミッション)をえらんできたのです。その宿命の枠の中の人生を、どのように自分が支え、努力して乗り越えて生き抜いていくのかが生きる意味でもあります。

どのような境遇に育つかは異なりますが、似たような境遇の人もいます。それでもその状況に対しての選択肢はそれぞれ異なりますし、どの方向にいくかは心の動きでもあります。そのときに霊的ガイド(守護霊)はこうしたらよいのだということの「意識」のアドバイスはしています。その働きかけに気持ちを動かされ導かれるかどうかは、自身の感性がどの位置にいるのかで受け取り方が微妙に変わってきます。

守護というのは必ず引き上げてくれて、強運を授けてくれるという神頼み的な存在ではありません。常に働きかけはしていますが、ご本人が下ばかり見ているようでは守りにも限界があります。できる努力は惜しむことがないように、後を(過去)振り返る時間をなるべく最小限にしていくことが大切です。そうでなければ守護霊がいくら導こうとしても自分が心を閉ざしていたのではどうにもならないのです。 守護は霊的ガイドとして、あくまでも案内役ですから意識下で必要なアドバイスはくれますが、決断するのは守護ガイドではなくてご自分自身でなければならないのです。

現世は魂が肉体を借りて、人生勉強をしどれほど霊格を上げていくかの修行場でもあります。

例えば朝眠いあなたを駅まで担いでいくことが守護霊の役目ではありません。けれども気持ちが落ち込んでいるときにも、これ以上傷つくことがないように霊的なあなたを内面の見えない世界から支えていくために守護は働きかけています。そしてしあわせを願って導いています。

祖先から受け継いだものを粗末にしないように

お稲荷様に限りませんが、ご自宅の敷地でお祀りをされていたり、いつの時代からあるのかわからないし、後を継いでおまつりし続けていくことは自信がない方もおられると思います。きちんとおまつりしつづけることができないとか、宗教上の理由で問題がある、家を離れたりもしくは敷地を利用するために、祀り続けていくことができなくなるなど。

これらの理由でおまつりができないことになり、「粗末にするくらいなら」きちんと祀られている系統の神社にお願いをして、丁重にお礼と感謝を心より伝え、きちんとお清して終わらせることです。

ただ取り去ることを奨励しているわけではありません。時代的にお祀りが不可能になられる方も多いため、無視をしていただきたくないためです。粗末にして、例えは悪いですが踏みつけるようなことがあると、霊的にも災いがあることもありますが、後を継がれてつづけていかれる自信がない方もいます。

お家に古くなってホコリのかぶった神社やお寺のお札はありませんか?
何年も置きっぱなしになっていませんか?
年に一度はお参りに行かれて新しいお札をいただいてきてください。
これ以上祀ったり、お札はいらないと思われるのなら、お礼も込めてきちんとお返しをしに行かれることが大切です。