元気なのに 池を埋めてからいろいろ

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

Aさんの子供さんが熱を出し、母親がさわると体が異常にあつく子供さん本人も「あついアツイ」と言う。数時間もすると熱が下がり元気に遊びだす。翌日も熱を出す、半日もすると治まる、熱が出るおさまる。

 

その都度に病院にも連れて行くけれど、「検査をしても何の問題もありません、先生も首をひねって苦笑い」 何より熱が高い何時間だけはお子さんがグタ~ッとするものの、すぐに元気に回復するのですが、あまりにしょっちゅう繰り返すので相談に来られたケースがあります。

 

不思議現象といわれる中でも、家を建て替えたり井戸を埋めたり、池をつぶしたりしたことで、災いのように熱を出したり腰が抜けたようになってしまったり、妙な夢を続けてみることがあったりというように霊的な作用で問題を起こす場合と、環境の変化に敏感な人は土地の変化に反応したりすることもあります。

 

先ほどのケースはお子さんが熱を出したりおさまったりが極端に出ましたが、どうもご相談をいただいた時点で感じられるのが、この家の土地のことでした。よくお話を伺うと最近お庭の池を祖父さんが埋めてしまったらしいのです。

 

そこでこの子供さんの父親に池の跡をお清めしていくように話、早速お清めをした日に今度はこのご主人がすぐに腰は痛いし、熱は出るし・・・・・でお子さんと似たような状態になったようです。

 

数日でおさまって来られたようですが、やはりはじめは感受性の強い、そして無邪気なお子さんが親の代わりに表現をしてくれたようです。

 

加藤眞澄ホームページへhttps://www.dimension-shin.com/

霊的なことでもいろいろな感受性

感受性や霊感が強い人の体験では、霊の姿をみたり光や影を感じたり、人に見えないものが視えたり感じとられることもあります。
かといって見えていない人に伝えても怖がられるか、気のせいじゃない?と言われてしまう。

 

視えたりすることに関しては言わないでおけば日常的にはそれで済むでしょうが、それ以外の自分の内面である感受性が強い部分はかなりうまくコントロールされなければ、バランスがとれていかないことがあります。

 

自身のコントロールがしずらいというのは、霊的な感覚がほとんどない人から言わせると精神的に弱いからだといわれることさえあります。
つらいですよね。

 

かといって感覚が鋭い人同士でも感受性が強すぎてぶつかってしまうこともあります。最近はこの感受性が強すぎてという人も多くなってきました。
霊が視えることに関しては意外と自然に受け止めている人も多いのですが、視えるよりも感覚が鋭く受け止めてしまうこともあります。

 

対人関係や人との感情問題、それも相手はなんとも思っていなくても、自分が人と話していたり社会と向き合って生きているはずなのに、ものすごく不安感とか、あるいは相手の感情が入ってくるような感覚に捉われてバランスを欠くこともあります。

 

心の状態を霊的に感受してしまうような、心が定まらない状態の人が多いですね。
全体の乱れをすばやくキャッチしてしまう人が増えている気がします。
弱いのではなく、やさしく感性が豊かなのです。

 

そして影響を受けやすい自身を受け止めて強めていかれることも大切です。

 

とりあえず、ひと呼吸してください。常にひと呼吸はとても大事です。

 

3次元に生きる自分と4次元に生きる自分の意識と心を守りましょう。

加藤眞澄ホームページへ

人も霊やお化けも意識でリンクされていることも多いです

霊といわれる存在を視えたり感じたりする人も多くいます。
見えなくても聴こえなくても、人の感性や意識の中に入ってくることもあります。
その中でも生きることを助けてくれる、あるいはその人の人生を影ながら守っていくために守護の意識が働きかけてくることもあります。(善き働きかけをしてくれる存在)
けれども逆に、人の意識の中にその人以外の守護とは異なった、霊の意識が入り込むこともあるのです。
通常はそれが良いか悪いか自分自身の考え方と、心の中で振り分けて判断できる状態ですが、あまりにも霊的な意識が強く、幾重にも連なっているような場合には、人の感覚が気づかないうちに徐々に取り込まれて感覚意識が、自分なのか自分ではないのかが上手に判断できなくなることもあります。
はじめのうちはなんとなく変だなと違和感を感じることも多いのですが、意識が捉われてしまうと、人の気持ちが奥底に閉じ込められてしまったようになってしまい、内面の自分自身の気持ちが身動き取りにくくなり、まるで自分ではない「何か」に意識を使われてしまうような現象も現れてしまうこともあります。
自分の体も心も魂も自分のもので自分自身でなければならないはずですが、その支配権をまるで誰かにコントロールされてしまったような感覚が出てくることもあるのです。
よく霊的な現象を起こされて、自分ではない自分の中の意識に悩まされてしまうケースがありますが、これは俗に霊に憑かれたともいわれます。
ここで「霊とかお化け」とか言われている不浄仏霊のことをご説明しますと、人は体を失い物質的には「死」を迎えたことになり、肉体は無くなり霊体の存在になりますが、通常は多くの場合、しばらくしていくと霊体も肉体と共にいたころの感覚としがらみから開放されて、いわゆる霊界に戻っていくことになります。
けれども何らかの理由で生きているときの「思い」が強く残り、肉体が終わったことに気付かないでいたり、気付いてはいても「思い」があり過ぎるがために、この世に「意識が強く残る」こともあります。
もちろんそれにはそれ相応の理由があってのことではあります、「悲しみ」「恨み」「苦しみ」「恐怖感」「裏切り」「執着心」などなど、心の悲哀が幾つもいくつも重なり「霊体と意識が強くこの世に残ってしまうのです。
そういう霊に影響されて長いこと続いてしまうと、人も霊も幸せなことではないですし、いつまでも何処にいてこれからどうしたら良いのかもわからなくなってしまうこともあります。
そういう意識に入りこまれてしまうと人は落ち込んでしまったり、自分自身の感覚が鈍くマヒしているようになり、自分の前に自分でない意識が立ちふさがってしまうこともあります。
霊という存在は私たちよりももちろん過去には人として生きて、しかし確実に「存在していた」。過去においては人です。
けれども亡くなってから、思いの意識を残し続けてこの世に残った時点から人間ではありません。しかも霊界にもいかず、霊体にもなりきれていませんから意識が彷徨ってしまうことになります。
思いの残ったままの意識が、現在を生きている人の意識に影響されてくると時間の感覚にズレが生じてくることもあるのです。
霊といわれる意識存在は、亡くなった時点から時間が止まってしまった状態でもあるのですから、過去になくなったときの状態、時間の空間のまま、あまり動いていないようなものです。
人間世界でも、例えば5年前に嫌なことがあって、そのことを思い出すときに過去の時間に戻ってしまったような独特の感覚があるようなことです
お話は少しそれますが、霊的な影響を受けやすい人はときには「自分は霊的な影響を受けてしまうと、自分自身の過去のあった嫌なことばかり思い出してしまい、何時間もそのことを思い出して、何時間も捉われてしまう、過去のせいにしてしまったり、人のせいにしてしまうことから気持ちが抜けられなくなったり」そういうこともあります。
強弱はあるもののこのような傾向はあるものです。
けれど人は誰もがいろいろな記憶を持っていますから、マイナスな出来事も、楽しいプラスな出来事も経験しています。
ただどこまで自分を責め続けるのか、あるいは過去の出来事を払拭しようとするのか、前向きに考えようとするのか、自分以外の意識と向き合い自身の心の主導権を取り戻していくのかが、一つの課題でもあります。
ときによって自分との戦いでもあります
そういう影響を受ける人が悪いのでもありません
そこに居座る意識の霊たちが悪いのでもありません
苦しみや恐怖が長すぎてしまったのです
不安に苛まれてしまうために、人を責めてしまう
自分の存在を見出したいためにも人をせめてしまうこともあります
霊的なお仕事していると、過去の戦国時代の状況や因縁が出てくることもいまだにあります。
そろそろ古き出来事の因縁が断ち切れてくる時代ではありますが、今しばらく残っています。
けれどもこのままでは不幸なことがリンクしていくことは避けていかなければなりませんから、お互いに出来ることを模索していかなければならないのではないでしょうか。
時間が気になったり、昼も夜も関係なくなったりさまざまですが、ひどくなるとおよそ通常の感覚意識が当てはまらないことにもなります。
そしていま人の社会は精神的に大きく変わろうとしていますし、霊的な世界そのものも変化しています。霊界にいかれない「思いの意識が強く残る霊たちの世界でも」おそらくその変化を感じ取ることはできているはずです。
供養されていかなければならないことは片付けていかなければならないですし、浄化されていかなければなりません。
そして同時にそういう影響を受けてしまわれた方ご自身も、ご自分の状態に気付いていかれることも大切なことです。霊であろうと人であろうと自身の意識と体(肉体も霊体も)であることが真理につながります。

 

加藤眞澄ホームページへ

 

家の外から自分の悪口を言われるように聞こえる

*ご本人のご承諾をいただいて掲載しております

家の外から自分の悪口を言われるように聞こえる

A子さんは新築の一軒家に住み始めてから、家の外で歩いている人や立ち話をしている人たちが自分の悪口を言っているときこえるのです。

「この家の奥さんはおかしいんだ」「ほんとだ」などと話が聞こえるのです。

夜中でも道路を通る人が外から私のことを話しているのです。

「ああこの家の奥さんか」と言っている・・・

ご主人に話しても、何も聞こえないしおかしなことを言わないでくれっ!と家の中までおかしなことになってしまったのです。

そのうち遠くへ外出していても

「あの人がA子さんか」と言われた声が聞こえて、何度も振り返ったりしたそうです。ご自分でも本当に聞こえているのかおかしくなってしまったのか?と考え込まれてしまいご相談にこられました。

どうしてもお家のお住まいの土地が気になって仕方ありません。

いまは住宅地になったそうですが、近くには古墳があったり歴史のある土地柄でした。

少しずつ土地を造成されていくうちにもともと祀られてきた、小さな石だったり、昔は大事にされてきた神聖な場所が無視されてきたことも原因の一つでした。霊的な怒りもあったのと、気がついて来るように感受性の強いA子さんに訴えてもきたのです。

お家のお庭を大事に清めて、何度土地の氏神様をお参りをして、自宅にお祀りしていただくようにしました。

悪く言う声はおさまってきました。

ただとても感受性の強いA子さんは霊的に背負い込みすぎてしまうと声のようなざわついた波長を受けやすかったり物をなくしやすくなってしまいがちです。

感受性が強い方は疲れもためすぎないように。

でもA子さんのように聞こえなくても、この方が聞こえたように誰に対してもあまりよい感情を持つ霊ではないので近隣全体が疎遠になりやすいこともあります。

加藤眞澄ホームページへ

稲荷様

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

 結婚してご主人のご両親と同居をはじめ気づいたら、義母さんが買い物が好

きで洋服でも食べ物でも異常に買ってくる、特に食べ物は食べきれずに義母も

捨てている状態で、食べられないからもう買わないで下さいと言ってもまた買

ってくる。高価なものは買わないけれど、信じられないほどの量を買ってく

る。ご主人や舅さんに聞いてみると以前から、たくさん買っていたよと当たり

前のように聞かされ、食べ物を買っては残すし、捨てるほうが多い事に耐えき

れずお嫁さんが相談に来られました。

 

視ていると稲荷様が強く感じとれ、鳥居が視えました。ご自宅には家には祀っ

ていませんとのことでしたが、どうしても以前に祀られていた様子が視えたの

と、いくつかの供養塔がわりの石が脇にあったようです。

ご自宅の池になっている周辺がとても気になりましたので、ご縁のある稲荷神

社へお参りして数回池の周辺をお清めしてもらうことにしました。 

 

 ご自宅に戻られて稲荷様のことを聞いても祖父母の代には畑で使用していた

のとかなり周辺の土地を徐々に手放されてきたらしいので詳しい事はわからな

いと言われたそうです。ただ周辺にはたしかに稲荷様を祀っているところも多

いねと話されていたそうです。

「2、3度お清めをしていくうちに、お姑さんの買い物の量が減ってきたの

と、お嫁さんが夢で小さな鳥居と祠の前に立っている情景を見ましたと連絡が

ありました」。

現象という事柄は今、目に見えていること意外で引き起こされることも多く、

事実を証明することが難しい問題もあります。このケースのように、現在見え

るものはなくても過去に祀り込まれたものを、土地を手放すうちにないがしろ

にしてしまったことで、その存在を知らされたのです。食べ物に執着したの

は、稲荷様そのものではなく、周辺に共に供養されていた霊の意識です。祀る

ことをしなくなったため、お供えすることも無くなりましたから訴えていたの

です。

今はお姑さんの極端な買い物はおさまり、普通になっているとのことです。

*お稲荷様を祀りきちんとされている時には問題ありませんが、何もしなくな

ったり、あるいは御礼参りもせずに捨て去るようなことはしないで、もし返さ

れるようならその神社さんに戻されるかきちんとお礼参りをして終わらせるこ

とは最低限必要です。

いままで守っていただくために祀られたのなら、きちんと礼を尽くされることがいままでいただいた「しあわせに対しての恩返し」です。

令和の天下大祓   ( 全国多くの神社にて)

御代替わりの天下大祓

全国多くの神社で 8月30日(金)正午斎行

秋に控える皇位継承の重要祭祀(さいし)「大嘗祭(だいじょうさい)」を前

に、全国の神職が大祓いをする「天下大祓(おおはらえ)」が30日正午から、

47都道府県で多くの神社が一斉に執り行われるそうです。

 

皆で一斉に大祓詞を奏上致します。

令和の大嘗祭を迎えるため、国民国土を祓い清める臨時大祓を執り行われます。

 

11月の大嘗祭を新帝陛下が初めて行われる新嘗祭です。その大嘗祭をお迎えするに際し国内を清めるために行われる「天下大祓」とのこと。

 

御代替りの時に行われる臨時の儀式で令和では8月30日の正午、全国多くの神社で執り行われます。

 

この情報とお写真ををいただきましたのは大塚でお仕事をなさっていらっしゃるS氏です。

 

大塚では駅近くの天祖神社様がなさるそうです。

お近くの方はご参加なさってみてはいかがでしょうか。

 

またご自分の地元の、お住まいや職場のお近くの神社様でも執り行われるようでしたらご参加なさるか、ご参拝だけでもいらしてはいかがでしょうか。

 

写真撮影者 S氏

枕カバーの汚れ

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

 

A子さんの息子さん(30代)がいつも体が重いとかだるいとかいうことが多いのですが、食欲もあるし問題がないと思っていたら、とてもけだるそうにして帰宅した翌日、息子さんの使っている枕カバーを取り替えるときに

 

枕カバーがとても汚れていました。毛染めでも色が着いたことはないのに薄黒くなっていたそうです。

 

不思議なことが何度か続いたのでお母様のA子さんだけでご相談にいらしたのですが、

お話を伺っていますと、息子さん自身が霊的に憑きやすく、頼られやすいのです。

 

体もしんどくなるはずですから、お家ではお清めのお塩を置かれたり、お香を焚いて、息子さんの産土神社へお詣りしていただいたり、

 

ベッドの下にお清めとお寺でいただいてきたお守りを見えないところに下げておくようにお伝えすると、お守りをいただいた翌日、朝起きてきた息子さんが腰が痛いといって腰を曲げていたそうです。

 

しばらくすると普通に歩けたようでしたが、お守りに反応したようでした。

 

時折枕カバーが多少黒ずんだりしたときには、お清め浄化するとおさまってきます。

 

息子さんが仕事から帰宅するとお母さんのAさんまで家の空気が重たく感じることもあるそうですから親子さんで感受性がつよいのです。

 

霊的な出方もさまざまです。

 

加藤眞澄ホームページへ

親切なご家族だと思っていたら

私の母親の友人だった女性が80歳の時に、

ご主人が亡くなりお一人でアパート住まいをされるようになり、

お隣の若いご家族が何かと声をかけてくれて小学生の子供さんはいつも明る

く、ご両親もやさしく高齢の女性に気を使ってくれて買い物にも付き添ってく

れたりご家族がとても親切にしてくれたそうです。

 

そんな日々が2年くらいたったころに、そのご家族の奥さんからある宗教の話

が出て、一緒に行ってみませんか?と誘われたときに、

 

この高齢の女性が「せっかくのお誘いですけど、うちは実家も亡くなった主人

も決まったお寺の宗派だから、私は他の宗教には行かないし入らないのよ」と

丁重にお断りしたら、

 

「よくもこれまで面倒見てやったのに、断るなんで失礼なこというわね!」と

本当に手の平を返したように暴言をはいて部屋を出ていったそうです。

 

それ以来買い物など一切付き合ってくれないし、挨拶もしてくれない・・

 

結局、自分たちの信仰している宗教の勧誘のために2年ほどいたく親切にして

くれて、普通なら断れないだろうという状況をつくっておいて誘ったようでした。

高齢の女性だから情に訴えてきたのでしょうが、「そんな気持ちでや

さしくされていたのかと思うと悲しい・・・」とおっしゃっていたのが忘れら

れません。

 

宗教はどこに入信してもしなくても、個人の自由ですから勧誘してそれも断る

と手のひらを返されるというのはつらいですね。

霊が集まる

加藤眞澄ホームページへ

霊的な介入があると覚えていないこともあります

*事例はご本人のご承諾をいただいて掲載しております

 

ご夫婦で旅行の打ち合わせをしていて

奥さんが「○○○に旅行に行こうね、何日に行こうね!」

ご主人が「わかったそうしよう!」

そんな会話をして何日かすると、

 

「今度の旅行の話だけど」というと

「そんな話しはしてない聞いてない、初耳だよ!」

などといわれてしまう。

 

「この前は返事したじゃない!」と

問いつめても、違うは話は覚えていても、肝心なことは覚えていない

などと本当に伝わっていないこともあるのです。

 

そんなときには、本当に腹が立ちますね。

けれど霊的にいろいろ影響されやすくかぶりやすい方は

こういうこともあります。

 

検査しても認知症ではないですし、

お仕事もしっかりなさる。

 

奥様との会話にだけこのようなことがでてしまう。

お家の問題が隠れている場合があるかもしれません。

(ご先祖や土地の問題など)

 

加藤眞澄ホームページへ

 

人のためにしてあげたと思いすぎないこと

自分は人のために、これだけのことをしてあげたのに、相手は何もしてくれないとか、人のためにあれもこれもしてあげたのに・・・・・

 

長い人生の中ではそう思わされることはあるかもしれません。

 

けれども人に何かをしてあげても、相手が自分の思うようにしてくれなかったり、意見が食い違ってきたりということもあります。

 

人のために良かれと思ってしてあげても、「してあげた、してやった」という感情が強いと苦しくもなります。

 

けれどももしかしたら自分の心の視点と違うところで、相手の人からたくさん助けられていることも気付かないでいるかもしれません。

 

それにもしも、その相手の人が何もあなたに返すものが(心)無いとしても、人のために本当に無償の心でなすべきことをしたときには、必ずまったく違う人からでもそのお返しの心はいずれ戻ってくるものです。

 

因果はめぐるといいますが、良いことも必ず姿を変えて巡るものです。

 

一人の人に留めてふりまわしたりふりまわされたり留まってしまうと気持ちががんじがらめになってしまいます。

 

スピリチュアルな内面は自分自身の考え次第でどんどん変化されていきます。魂を磨くか曇らせてしまうかは心の置き方次第でもあります。

 

何事に対しても、悪くしか捉えなかったり悪いところ探しに努力しすぎてしまうと、悲しいかな悪意を持たない人まで自分にとって悪い人という見方になってしまうことさえあります。

ご自分も傷つかないように