霊が集まる

もう30年以上前のことになりますが、機会があるごとに全国のさまざまな神社仏閣をお参りしていた頃でしたが、ある有名なお寺の一つで奥の院といわれるところがありでかけて行ったことがあります。

どこでも奥の院といわれるところは山の上で、階段だったり勾配が少しばかりキツいところが多いのですが、ここも例外でなくどうにかたどり着くことができ、一度はきてみたいと思っていましたし、奥の院といわれる場所だけあって周辺の景色も美しく、気の流れが通る心地よさを感じましたが同時に人はいないのに見られている気配が気にかかりました。

その奥の院の周辺に何軒かの宿があり、予約をしてありましたので宿泊をしたのですが古い感じです。古いということで怖いわけではありませんが、お風呂に入ると壁に無数の人の顔の影のような姿が視えてきました。

食事をしていても、とても息苦しいような感覚になり、今度は疲れたので布団に入ると先ほどからの息苦しさは続いてはいましたが、しきりにお腹が張ってくるのです。ポコポコ音を立てるように自分には聞こえていました。

その都度にお腹が膨らんでくるようでした。確かに着ていた服がきつくなってきていましたから苦しい。ガスが出るわけでもない。溜まってくるという感じでした。

これがいわゆる不浄仏霊なのはわかりましたが、あまりに沢山の意識でどうすることもできないのと、どうして欲しいとも思っていないのです。

ここは前述のようにあるお寺の奥の院ですから、このお寺の本山である奥の院に気持ちを置かれてこの地に宿っているような存在なのです。

こちらはそれを勝手に感知してしまうものだから辛い。

眠ることもできないし、暗い山道を歩いて降りるわけにも行かずに夜が明けて、早々に山を降りていくと、10分ほど歩いているうちにお腹の張りも抜けて、息苦しさも薄れて楽になってきました。

やはり奥の院の周辺だけを離れずにいる存在なのだということを実感したことを覚えています。

それほど信仰厚くそこに留まり、集まっている霊は少し時間をかけて浄化されるのでしょう。

神聖な信仰の集まるような拠り所は、修行者の方以外にも多くの方も来られて、願いごとや悩みごとをゆだねていかれる所にもなります。

神聖な場所は厳かに祈られ守られていかなければならないと思います。

これより何年か後に、年配の女性がここへ行かれて自宅に帰ってからも霊が憑いているので何とかして欲しいという方の相談をしたことがあります。霊査してみると波長が合ったのか、やはり女性の親子づれの姿が視えました。

昔、子供さんの病気の回復を願い信仰されていたようでした。気持ちがなかなかこの場所(山)から離れられなかったようですが説得して浄霊したことがありました。

信仰は人の拠りどころですがる思いで行かれる方のしあわせのためにも、パワーを与えてくれる本山は守られて欲しいですね。

霊が集まる

誰もいないのに

 部屋の中がなんとなくざわざわしていて

誰も人がいないのに

たくさん人がいるような感じがしたり

耳がざわざわとするような音

ときには人の声のように聞こえてくる方もいます。

とくに電気製品のところで強くなることも多いのは、

霊も電磁波ですから、

電気製品に反応が起こりやすくなります。

ご自分の感受性が強くなってきたとき

体力的に疲れているとき

家や土地に問題があるとき

どこかで霊的な影響を受けてきてしまったとき

などなど、現象がおこってくることがあります。

早めに神社にいかれたり、

部屋にお香を焚いたり

清めていくことを考えていくことが必要です。

ため込みすぎてしまうと気持ちも重たく動きづらいですから、

身に受けやすい方は常に波長がよいところにでかけて

気の流れを整えることをたいせつにしてください。

霊的な相続のことについて

「相続ではお金を相続したら因縁も相続してしまったらこわいから親の相続もするのはどうしよう」と心配される方もおられます。

因縁めいたお家で一番問題がでやすいのが、
相続の段階で、自分だけのものだとか、非常にお金に貪欲になる人がでて、揉め事になったりする場合、遺言書もないのに、遠くの親戚が、自分がお金を貸したことがあるから、財産分けなどと、わけのわからないことを言う人がいることが因縁でもあります。

確かに相続は霊的にも受け継ぐことも多いですが、
もめ事もなく、穏やかな相続の場合には問題はないのです。

受け継いだあとにどう使うかの方が大事です。

家の因縁もなにもかも受け継ぎたくないから、いらないー。
と避けることよりも、もし相続されたら、今後最低限に必要な金額はいただいて、それでもご自分にとって多額で使い道どころか人生が狂うほどなら、寄付していくことだってできます。

お金は執着しすぎずに、正しく使っていかれることで、生かされたものに変化します。使い方次第で生かせるものであれば、因縁を引きずることはありません。

 

 

ご自宅の家の中に霊の通り道がある場合

あるお宅では、ご家族が霊感が強く、家の中で鏡と向かい合うようにある階段の方で霊の姿を何度も見ているのです。

特定の霊ではなくいつも違う。

霊の通り道ですから、そこを通って霊界に上がっていくところでもあるのです。気持ちがよいとは言えないですが、地縛霊でもないので悪さをしてくることはないのです。

このような現象があるところは近くに川があったり、埋め立てたりしているところで起こることも多いです。

水脈があるところは霊的なことが動いて霊の通り道にもなることもあります。

霊界に行こうとする霊は悪さはしませんが、時おり悪心を持つ霊も入り込んでくることもあります。

霊道の一ヶ所は必ず塩、米、酒を置かれたり、お清めをする場所を決めておいた方がよいのです。

 

天井から見られている感覚

寝室にいると、天井から見られている感覚に悩まされていた方がいました。

マンションなので誰かが見ているということも考えられない。それでもベッドに横になると、天井から見られている気配を常に感じたそうです。

ただ部屋の隅に
以前の住人が、寝室に入る手前に小さなお札を貼って行ったようで、そのままあることがわかりました。

そのお札は近くの神社のお守り札のようでした。
もう部屋の持ち主が違うので、神社に行かれて、きちんとお返しされた方がよいのです。天井から霊的な気配を感じたのは、霊が伝えてくれていたのです。

霊的気配というのは悪いことばかりではありませんが、住む方が変わったら新たなお守りやお札にされたほうが良いです。

階段に上る夢

夢の中で、高層マンションの階段を登り続けていく中で、いままで上ってきた階段が次々下に落ちていく、しまいには、いま上り続けている階段も段々と透明になり見えなくなるが、でも不思議と自然に上れる・・・自分の周囲には、それを笑顔でみている人達の姿があって不安はなかった。

この夢は、ご自分の人生全体のことを表していますが、階段はこれまでにたどってきた道のりでもあります。下に落ちてしまった階段は、これまでの経験であり土台です。

周囲で笑顔の人達は、人生の仲間であり家族であり、霊的にはソウルメイトや守護霊の心を笑顔で感じたのです。透明になった階段は無くなってしまうのではなく、これまでの人生の中で自然に自分が進むべき方向が、悩むことなく構築されていくことを表していました。

この夢にはまだ続きもあります。
上っていた途中、急に階段ごとご自分が下に落ちてしまった。暗い地下のようなところで、いままで順調に上っていたのに、どうしたのだろう?と思いながら、先に落ちていた階段の残骸をみていると、ところどころ光るものがあることに気がついた。近づいて階段の繋ぎ目のところをみてみると、大判小判が光輝いている、他の繋ぎ目のところに同じように大判小判がたくさんある。あれ~と思いながら夢はここで終わったそうです。

この夢は階段の繋ぎ目は過去の節目節目に起こった、様々な出来事、ときには悩み、苦しみ、心の葛藤、さまざまなことからの学び、経験が今の自分をつくってきた大事な出来事で、それは人生で持ったも大事なもの、大判小判とみたのは、大事な宝だという意味なのです。

一見過去はイヤなこともあるかもしれません。それを霊的な成長、人としての成長のために起きたことをどれだけ生かせていきるか、過去に積んできた経験や乗り越えてきたことはこれからの未来への自分に大きな宝でもあり、支えにもなるということと、魂の仲間が常に働きかけてくれているということです。

 

受け継ぐ土地を大切に

旧家に嫁がれてしばらくは毎日仕事で忙しくきづかなかったのが、

仕事を辞めてから、家にいる時間が多くなって非常に家にいると寂しさ悲しさを感じはじめた方がおられました。

土地の敷地内にも氏神様をおまつりされているくらいの旧家です。
けれども義父母さんもあまり信仰心がなく、お手入れもせずに、ほったらかしてしまっていた氏神様をきれいにして、土地をお清めして、お部屋の一角にもお香をたくようにして、気の巡りをよくして浄化できるように整えていただくと気持ちがおさまってこられたのです。

受け継がれるお家を大切に

夢で殺された感じを受ける人

普通は自分が死んでいく夢は、悪い不必要な部分が取り去られていくという解釈も出来ます。または、霊がみせてくる夢もあります。

住まいや職場が変わったときにそこの地縛霊の影響が出てきたときや、霊との意識の波長が合ったために、まるで自分の意識のように亡くなっていく有様を夢にみたりすることもあります。

お参りや供養をししたりすることも大事です。

 

神社へ行くと帰りに喧嘩になってしまう

恋人同士やご夫婦で神社へ行って、気持ちよくお参りをした帰りに喧嘩になるということがたまにあります。
お互いの不満がぶつかり合って口論になってしまうこともあります。

心を見えない世界とつなげてくれる神社へ参拝すると、日常の霊的な垢を落として心身が清められていくのです。体内や意識の中にたまっていた霊的な垢とでも表現したほうがわかりやすいと思いますが、それらが浄化されていくために一時的にいらだちや、感情が激しくなることもあります。

けれどもしばらくするとおさまってきます。
「だから一緒にお参りに行くのがいやだ」とおもわないで、浄化された後の気持ちは行く前と比べると、とても軽くなっていることにも気がついてみられたらいかがでしょうか?

よきお参りをされて心身が清められていきます。

ご主人が帰宅するといきなり気分が悪くなるとき

喧嘩もしていない仲が悪いわけでもなくても、

ご主人が帰宅したとたんに、気分が悪くなったり、
わけもなくイライラ感におそわれる方もいます。

独特の感受性の強さから感じとるものなのですが、
空気感が変わるように敏感な人にはこのような気づきもあるのです。

このようなときにはご主人か奥さんが
神棚があるお家では、神棚にきちんとご挨拶してください。
ご仏壇があるお家では、お線香を焚いてご挨拶してください。

どちらもないお家では、玄関のスペースでお水お塩を
それぞれコップに入れて、お香を焚いてください(またはお線香)

乱れた波長がととのってきます。