新しいところに引っ越されたり、お仕事をはじめるときには

引っ越しをされてまったく新しい土地に住むことになったり、新しい場所(土地)でお仕事を始めることになったときには、その土地の氏神様へお参りをされることも大事です。

「御地(おんち)に縁があってこちらにまいりました」というご挨拶です。

土地はさまざまな歴史をもっていますから敬意を表すためとご報告。

氏神様がわからない場合はご近所の方に伺うか、神社庁に問い合わせれば教えてくれます。

それでも氏神様はわかっても、「なんか暗い雰囲気がしてどうしてもお詣りに行きづらい」と感じる場合には多少離れていても行きやすいところに参られてください。

家のお清めにお塩をまいたり盛ったりする方もおられますが、まずは土地の神様にご挨拶も大切になさってください。

 

 

夢のこと・お風呂やトイレに入っている夢

お風呂に入っている夢をみた方も多いのではないでしょうか?

浴室に入り気持ちよくお風呂に入っている夢は霊的な浄化を伝えています。ご自分が一つの問題の解決に導かれていることの動きでもあります。

浴室の扉は開けたものの、まだお風呂に入りたくないというような夢をみたとしたら、いま抱えている問題の解決までにいま少し時間がかかることをメッセージされている事になりますが、それはご自身が必ず乗り越えて解決されていく意味と、人生の学びの大きなポイントでもある事をあらわされています。

トイレに入っている状態は実際の現象と同じような意味を持っていて、もうすでに不必要になったものを外に出していくような場所ですから、内的な汚れが落とされていくことをあらわします。

霊的な方向での解決とご自分の考え方を切りかえていくことで悩みが解決されていく段階で、このトイレの夢をみることもあります。

また、夢の中で一生懸命頑張ってもトイレで用を足すことができない夢だったとしたら、現実の生活面において力を抜いていくことが大切だというヒントであったりします。

霊的と言っても自身の霊体という見えない体を持っていますから、お風呂は表面的な清めであり、トイレは内的な清めでもあります。肉体と霊体は常に一体としてつながり支えてくれる存在です。

神祀(まつり)を粗末に終わらせないように大切に

ご自宅の敷地のお庭で氏神様をお祀りをされてい、いつからあるのかわからないし、後を継いでお祀りし続けていくことは自信がない方もおられると思います。

きちんとお祀りしつづけることができない、宗教上の理由で問題があったり、

土地を離れたり、もしくは敷地を利用するために祀り続けていくことができない。

これらの理由でできないことになるようでしたらきちんと祀られている系統の神社にお願いをして、神主さんに御祓いをしていただいて、丁重にお礼と感謝を心より伝えきちんとお清めすることが必要です。 「粗末にするくらいなら」という意味です。

ただ取り去ることを奨励しているわけではありません。時代的にお祀りが不可能になられる方も多いため、無視をしていただきたくないためです。

粗末にして、霊的にも災いがあることもありますが、後を継がれてつづけていかれる自信がない方もいます。

けれどはじめから投げ出すのではなく、月に一度でも敷地の神様にお塩・お酒・お米・お水をお供えして手を合わせられるのであれば、すぐにお祀りすることをやめようとする必要はありません。

一年くらいでも精一杯しっかり守り、守られていかれてみてからでも結論は遅くありません。

霊的な問題になりますと、それぞれのことがあり、祀られたいわれや、神様をお招きしたことで土地のしずめをされている場合もありますが、お家によって異なります。

いずれにしても、ご先祖が厚く信仰されてきた存在ですから、心を込めてきちんとされることが大切です。神祀りされた以上は礼を尽くしてこそしあわせが訪れてきます。

霊的な感受性が強い方

霊の姿がみえてしまう人もいれば、

ときどき声が聴こえてしまう人もいます。

あるいは霊はみなくても、人一倍感受性がつよい人もいます。

人の気持ちがつたわりやすくて相手の感情を先に読みとってしまったり、相手の持つ気の重さに威圧感を感じてしまい、心の中で様々感じ考えてしまうので、うまくコミュニケーションがとりにくくなることもあります。

霊的にも人の気を受けやすくまいりやすくなってしまいますので、帰宅してからお部屋で好きな香りのお香をたいたり(火の元には気をつけて)、お部屋の窓をあけて換気をよくして、寝る前にはゆっくり深呼吸してください。

お仕事でもやっとの思いでこなされていたり、帰宅してヘトヘトになってしまうほど消耗していたり、体は健康なのに精神的に非常に力が抜けてしまうこともあります。他の方のように仕事の後に飲み会も行けないほどクタクタにもなりやすいかもしれません。

吸う息で良き気をいれるように吐く息で疲れを吐き出すようにゆっくりリラックス休日には、神社や自然の景色があるところにもいかれるようにして、疲れた気を整えてください。

霊が集まる

もう30年以上前のことになりますが、機会があるごとに全国のさまざまな神社仏閣をお参りしていた頃でしたが、ある有名なお寺の一つで奥の院といわれるところがありでかけて行ったことがあります。

どこでも奥の院といわれるところは山の上で、階段だったり勾配が少しばかりキツいところが多いのですが、ここも例外でなくどうにかたどり着くことができ、一度はきてみたいと思っていましたし、奥の院といわれる場所だけあって周辺の景色も美しく、気の流れが通る心地よさを感じましたが同時に人はいないのに見られている気配が気にかかりました。

その奥の院の周辺に何軒かの宿があり、予約をしてありましたので宿泊をしたのですが古い感じです。古いということで怖いわけではありませんが、お風呂に入ると壁に無数の人の顔の影のような姿が視えてきました。

食事をしていても、とても息苦しいような感覚になり、今度は疲れたので布団に入ると先ほどからの息苦しさは続いてはいましたが、しきりにお腹が張ってくるのです。ポコポコ音を立てるように自分には聞こえていました。

その都度にお腹が膨らんでくるようでした。確かに着ていた服がきつくなってきていましたから苦しい。ガスが出るわけでもない。溜まってくるという感じでした。

これがいわゆる不浄仏霊なのはわかりましたが、あまりに沢山の意識でどうすることもできないのと、どうして欲しいとも思っていないのです。

ここは前述のようにあるお寺の奥の院ですから、このお寺の本山である奥の院に気持ちを置かれてこの地に宿っているような存在なのです。

こちらはそれを勝手に感知してしまうものだから辛い。

眠ることもできないし、暗い山道を歩いて降りるわけにも行かずに夜が明けて、早々に山を降りていくと、10分ほど歩いているうちにお腹の張りも抜けて、息苦しさも薄れて楽になってきました。

やはり奥の院の周辺だけを離れずにいる存在なのだということを実感したことを覚えています。

それほど信仰厚くそこに留まり、集まっている霊は少し時間をかけて浄化されるのでしょう。

神聖な信仰の集まるような拠り所は、修行者の方以外にも多くの方も来られて、願いごとや悩みごとをゆだねていかれる所にもなります。

神聖な場所は厳かに祈られ守られていかなければならないと思います。

これより何年か後に、年配の女性がここへ行かれて自宅に帰ってからも霊が憑いているので何とかして欲しいという方の相談をしたことがあります。霊査してみると波長が合ったのか、やはり女性の親子づれの姿が視えました。

昔、子供さんの病気の回復を願い信仰されていたようでした。気持ちがなかなかこの場所(山)から離れられなかったようですが説得して浄霊したことがありました。

信仰は人の拠りどころですがる思いで行かれる方のしあわせのためにも、パワーを与えてくれる本山は守られて欲しいですね。

霊が集まる

誰もいないのに

 部屋の中がなんとなくざわざわしていて

誰も人がいないのに

たくさん人がいるような感じがしたり

耳がざわざわとするような音

ときには人の声のように聞こえてくる方もいます。

とくに電気製品のところで強くなることも多いのは、

霊も電磁波ですから、

電気製品に反応が起こりやすくなります。

ご自分の感受性が強くなってきたとき

体力的に疲れているとき

家や土地に問題があるとき

どこかで霊的な影響を受けてきてしまったとき

などなど、現象がおこってくることがあります。

早めに神社にいかれたり、

部屋にお香を焚いたり

清めていくことを考えていくことが必要です。

ため込みすぎてしまうと気持ちも重たく動きづらいですから、

身に受けやすい方は常に波長がよいところにでかけて

気の流れを整えることをたいせつにしてください。

霊的な相続のことについて

「相続ではお金を相続したら因縁も相続してしまったらこわいから親の相続もするのはどうしよう」と心配される方もおられます。

因縁めいたお家で一番問題がでやすいのが、
相続の段階で、自分だけのものだとか、非常にお金に貪欲になる人がでて、揉め事になったりする場合、遺言書もないのに、遠くの親戚が、自分がお金を貸したことがあるから、財産分けなどと、わけのわからないことを言う人がいることが因縁でもあります。

確かに相続は霊的にも受け継ぐことも多いですが、
もめ事もなく、穏やかな相続の場合には問題はないのです。

受け継いだあとにどう使うかの方が大事です。

家の因縁もなにもかも受け継ぎたくないから、いらないー。
と避けることよりも、もし相続されたら、今後最低限に必要な金額はいただいて、それでもご自分にとって多額で使い道どころか人生が狂うほどなら、寄付していくことだってできます。

お金は執着しすぎずに、正しく使っていかれることで、生かされたものに変化します。使い方次第で生かせるものであれば、因縁を引きずることはありません。

 

 

ご自宅の家の中に霊の通り道がある場合

あるお宅では、ご家族が霊感が強く、家の中で鏡と向かい合うようにある階段の方で霊の姿を何度も見ているのです。

特定の霊ではなくいつも違う。

霊の通り道ですから、そこを通って霊界に上がっていくところでもあるのです。気持ちがよいとは言えないですが、地縛霊でもないので悪さをしてくることはないのです。

このような現象があるところは近くに川があったり、埋め立てたりしているところで起こることも多いです。

水脈があるところは霊的なことが動いて霊の通り道にもなることもあります。

霊界に行こうとする霊は悪さはしませんが、時おり悪心を持つ霊も入り込んでくることもあります。

霊道の一ヶ所は必ず塩、米、酒を置かれたり、お清めをする場所を決めておいた方がよいのです。

 

天井から見られている感覚

寝室にいると、天井から見られている感覚に悩まされていた方がいました。

マンションなので誰かが見ているということも考えられない。それでもベッドに横になると、天井から見られている気配を常に感じたそうです。

ただ部屋の隅に
以前の住人が、寝室に入る手前に小さなお札を貼って行ったようで、そのままあることがわかりました。

そのお札は近くの神社のお守り札のようでした。
もう部屋の持ち主が違うので、神社に行かれて、きちんとお返しされた方がよいのです。天井から霊的な気配を感じたのは、霊が伝えてくれていたのです。

霊的気配というのは悪いことばかりではありませんが、住む方が変わったら新たなお守りやお札にされたほうが良いです。

階段に上る夢

夢の中で、高層マンションの階段を登り続けていく中で、いままで上ってきた階段が次々下に落ちていく、しまいには、いま上り続けている階段も段々と透明になり見えなくなるが、でも不思議と自然に上れる・・・自分の周囲には、それを笑顔でみている人達の姿があって不安はなかった。

この夢は、ご自分の人生全体のことを表していますが、階段はこれまでにたどってきた道のりでもあります。下に落ちてしまった階段は、これまでの経験であり土台です。

周囲で笑顔の人達は、人生の仲間であり家族であり、霊的にはソウルメイトや守護霊の心を笑顔で感じたのです。透明になった階段は無くなってしまうのではなく、これまでの人生の中で自然に自分が進むべき方向が、悩むことなく構築されていくことを表していました。

この夢にはまだ続きもあります。
上っていた途中、急に階段ごとご自分が下に落ちてしまった。暗い地下のようなところで、いままで順調に上っていたのに、どうしたのだろう?と思いながら、先に落ちていた階段の残骸をみていると、ところどころ光るものがあることに気がついた。近づいて階段の繋ぎ目のところをみてみると、大判小判が光輝いている、他の繋ぎ目のところに同じように大判小判がたくさんある。あれ~と思いながら夢はここで終わったそうです。

この夢は階段の繋ぎ目は過去の節目節目に起こった、様々な出来事、ときには悩み、苦しみ、心の葛藤、さまざまなことからの学び、経験が今の自分をつくってきた大事な出来事で、それは人生で持ったも大事なもの、大判小判とみたのは、大事な宝だという意味なのです。

一見過去はイヤなこともあるかもしれません。それを霊的な成長、人としての成長のために起きたことをどれだけ生かせていきるか、過去に積んできた経験や乗り越えてきたことはこれからの未来への自分に大きな宝でもあり、支えにもなるということと、魂の仲間が常に働きかけてくれているということです。