その土地にいる地縛霊

地縛霊といわれるのは、ある場所からほとんど移動することなくその場に居つづける霊をいいます。

亡くなったあとも心残りが多すぎてその場から意識が離れられなくなるのです。「生まれ育って暮らした家が好きで離れたくないという気持ちがあったとして、しばらくはそこから離れたくないという感覚」だと思うとわかりやすいと思います。

ここまでなら地縛霊といってもいずれ自然に浄化されていくことのほうが多いのです。

ですが、「欲や思いの強すぎる地縛霊がいる」ようなところでは、人がその場所に近づいたり、もしくは住まうようなことになったときに、新たに住み始めた住人を邪魔者扱いにするように現象を引き起こしてくるケースもあります。

お化けの姿でも出てはっきりわかれば理解しやすいですが(実際にそのようなこともありますが)、そういうことだけではない場合もあります。

住み始めてから家族の関係が徐々に悪くなったり、トラブルが続いたり、精神的にバランスが崩れてしまうこともあります。

霊の仕業でもありますが、彼ら(霊)は意識で存在しているために、人の意識に影響を及ぼしてくるのです。不幸の連鎖を引き起こして楽しんでいる霊もいます。

霊と呼ばれる意識は、人の心の過去に捉われているマイナスな部分に入り込んでくることが得意です。

時間が経つのがとても遅く長く感じる

一日が過ぎるのがとても長く感じる方もいます。

何もしていないわけではなく、

仕事も家事もしているのに、

1時間は過ぎたと思って時計を見ると

まだ20分しか過ぎていなかったり、

時間感覚がため息が出るほどとても長く

具合が悪くもないのに疲労感がでてしまう。

つまらないと思うことは確かに時間が遅く感じることもありますが、

それとは異なり、霊的な影響がある場合に、

時間感覚が遅く感じることもあります。

いつもなら早く感じられる時間が、とても長く感じてしまったり・・・

現世にいる私たちは動いた時間が過ぎていきます。

けれども人間界にいつまでもとどまっている霊は

亡くなった時間がほぼ動かない状態です。

過去の時空間に意識がとどまった状態で思いが止まっています。

そういう霊が人に影響したり、波長が合ってしまったときに、

感受性が強い人は霊的影響を受けてしまうこともあります。

浄化させていくためには、波長が整う場所に行かれることも

必要ですが、なるべく落ち込まないようにすることです。

自分だけがどうしてなのだと、マイナス意識になってしまうと

なかなか離れてくれないこともあります。

 

感受性が強くて過敏になりやすいこともあります

感性の鋭い人は先々を感受しやすくて、どのようなことが起こっていくのかが直感が鋭く働くことも多いと思います。

感覚の鋭さが良きことに使われているときは危険回避が出来るのです。

けれども感受性が直感を無視して悪い方へばかりに意識が向き始めてしまうと、

もともと感性が鋭い人は悪いほうにばかり想像力が働きすぎて邪気を呼んでしまうこともあります。

邪気を呼び込むと、人から言われた一言さえも自分を責めてくる言葉に聞こえたり、

自分もまた異常なまでに妙に心が萎縮してしまい。だれかれの思惑ばかりが気になってしまうこともあります。

それがひどくなってしまうと霊的に憑かれてしまうことにもなります。

霊的には感性が高く純粋無邪気な心の持ち主の人がそういうことにもなりやすく、

3次元の世界だけですべてを理解することがつらさが増えるだけのことも多いのです。

「自分だけが会社の人たちから嫌われているのがつらい」などと思ってしまったり、誰かに言われた気がして振り向てみても誰もいなかったり、・・・気配だけ感じることもあるかもしれません。

霊的な現象で声が聴こえてくるということもあるのです。

また感受性が強い人は、家の近くで工事が始まったり、建て替えや取り壊しの時などに、住み慣れた家でもとても落ち着かなくて不安定になってしまうこともあります。

周囲に家が建ったり土地を掘り起こしたりしていると一時的に気の流れが乱れてしまうことを敏感に察知してしまうこともあります。

神社や気の流れが気持ちよいと感じる所へ行かれて気を整えていくことも大切にしてください。

 

 

神社の空間の違いをゆっくり感じて

神社にお参りに行かれたときに

参道を歩いて神社のお社に向かって手を合わせお祈りして、

お願い事をして戻ってくる方も多いのではないでしょうか。

もしお一人で神社にいかれる機会があれば、

神社の参道を一歩ずつ(半歩ずつくらい)ゆっくり、ゆっくりと歩いて、

ほとんどの神社には鳥居がありますから、

特にそこからが神域の空間に変化していることを感じ取ってみてください。

ゆっくり深く呼吸をしながら、ゆっくり歩く

なるべく余計なことは考えないで

いまここをゆっくり歩いている空間に

気持ちをゆだねるようにしながら進みます。

五感の緊張感をとりはらうように

ゆっくり鳥居と社と自身の気持ちを連動させていくことで

波長の違いに気づかれるはずです。

鳥居の手前は3次元の世界で

鳥居から向こう側のお社は4次元空間を意識できる世界でもあります。

霊感の強い方はこの空間に入るだけで身禊の祓いを感じとることができます。

新しいところに引っ越されたり、お仕事をはじめるときには

引っ越しをされてまったく新しい土地に住むことになったり、新しい場所(土地)でお仕事を始めることになったときには、その土地の氏神様へお参りをされることも大事です。

「御地(おんち)に縁があってこちらにまいりました」というご挨拶です。

土地はさまざまな歴史をもっていますから敬意を表すためとご報告。

氏神様がわからない場合はご近所の方に伺うか、神社庁に問い合わせれば教えてくれます。

それでも氏神様はわかっても、「なんか暗い雰囲気がしてどうしてもお詣りに行きづらい」と感じる場合には多少離れていても行きやすいところに参られてください。

家のお清めにお塩をまいたり盛ったりする方もおられますが、まずは土地の神様にご挨拶も大切になさってください。

 

 

夢のこと・お風呂やトイレに入っている夢

お風呂に入っている夢をみた方も多いのではないでしょうか?

浴室に入り気持ちよくお風呂に入っている夢は霊的な浄化を伝えています。ご自分が一つの問題の解決に導かれていることの動きでもあります。

浴室の扉は開けたものの、まだお風呂に入りたくないというような夢をみたとしたら、いま抱えている問題の解決までにいま少し時間がかかることをメッセージされている事になりますが、それはご自身が必ず乗り越えて解決されていく意味と、人生の学びの大きなポイントでもある事をあらわされています。

トイレに入っている状態は実際の現象と同じような意味を持っていて、もうすでに不必要になったものを外に出していくような場所ですから、内的な汚れが落とされていくことをあらわします。

霊的な方向での解決とご自分の考え方を切りかえていくことで悩みが解決されていく段階で、このトイレの夢をみることもあります。

また、夢の中で一生懸命頑張ってもトイレで用を足すことができない夢だったとしたら、現実の生活面において力を抜いていくことが大切だというヒントであったりします。

霊的と言っても自身の霊体という見えない体を持っていますから、お風呂は表面的な清めであり、トイレは内的な清めでもあります。肉体と霊体は常に一体としてつながり支えてくれる存在です。

神祀(まつり)を粗末に終わらせないように大切に

ご自宅の敷地のお庭で氏神様をお祀りをされてい、いつからあるのかわからないし、後を継いでお祀りし続けていくことは自信がない方もおられると思います。

きちんとお祀りしつづけることができない、宗教上の理由で問題があったり、

土地を離れたり、もしくは敷地を利用するために祀り続けていくことができない。

これらの理由でできないことになるようでしたらきちんと祀られている系統の神社にお願いをして、神主さんに御祓いをしていただいて、丁重にお礼と感謝を心より伝えきちんとお清めすることが必要です。 「粗末にするくらいなら」という意味です。

ただ取り去ることを奨励しているわけではありません。時代的にお祀りが不可能になられる方も多いため、無視をしていただきたくないためです。

粗末にして、霊的にも災いがあることもありますが、後を継がれてつづけていかれる自信がない方もいます。

けれどはじめから投げ出すのではなく、月に一度でも敷地の神様にお塩・お酒・お米・お水をお供えして手を合わせられるのであれば、すぐにお祀りすることをやめようとする必要はありません。

一年くらいでも精一杯しっかり守り、守られていかれてみてからでも結論は遅くありません。

霊的な問題になりますと、それぞれのことがあり、祀られたいわれや、神様をお招きしたことで土地のしずめをされている場合もありますが、お家によって異なります。

いずれにしても、ご先祖が厚く信仰されてきた存在ですから、心を込めてきちんとされることが大切です。神祀りされた以上は礼を尽くしてこそしあわせが訪れてきます。

霊的な感受性が強い方

霊の姿がみえてしまう人もいれば、

ときどき声が聴こえてしまう人もいます。

あるいは霊はみなくても、人一倍感受性がつよい人もいます。

人の気持ちがつたわりやすくて相手の感情を先に読みとってしまったり、相手の持つ気の重さに威圧感を感じてしまい、心の中で様々感じ考えてしまうので、うまくコミュニケーションがとりにくくなることもあります。

霊的にも人の気を受けやすくまいりやすくなってしまいますので、帰宅してからお部屋で好きな香りのお香をたいたり(火の元には気をつけて)、お部屋の窓をあけて換気をよくして、寝る前にはゆっくり深呼吸してください。

お仕事でもやっとの思いでこなされていたり、帰宅してヘトヘトになってしまうほど消耗していたり、体は健康なのに精神的に非常に力が抜けてしまうこともあります。他の方のように仕事の後に飲み会も行けないほどクタクタにもなりやすいかもしれません。

吸う息で良き気をいれるように吐く息で疲れを吐き出すようにゆっくりリラックス休日には、神社や自然の景色があるところにもいかれるようにして、疲れた気を整えてください。

霊が集まる

もう30年以上前のことになりますが、機会があるごとに全国のさまざまな神社仏閣をお参りしていた頃でしたが、ある有名なお寺の一つで奥の院といわれるところがありでかけて行ったことがあります。

どこでも奥の院といわれるところは山の上で、階段だったり勾配が少しばかりキツいところが多いのですが、ここも例外でなくどうにかたどり着くことができ、一度はきてみたいと思っていましたし、奥の院といわれる場所だけあって周辺の景色も美しく、気の流れが通る心地よさを感じましたが同時に人はいないのに見られている気配が気にかかりました。

その奥の院の周辺に何軒かの宿があり、予約をしてありましたので宿泊をしたのですが古い感じです。古いということで怖いわけではありませんが、お風呂に入ると壁に無数の人の顔の影のような姿が視えてきました。

食事をしていても、とても息苦しいような感覚になり、今度は疲れたので布団に入ると先ほどからの息苦しさは続いてはいましたが、しきりにお腹が張ってくるのです。ポコポコ音を立てるように自分には聞こえていました。

その都度にお腹が膨らんでくるようでした。確かに着ていた服がきつくなってきていましたから苦しい。ガスが出るわけでもない。溜まってくるという感じでした。

これがいわゆる不浄仏霊なのはわかりましたが、あまりに沢山の意識でどうすることもできないのと、どうして欲しいとも思っていないのです。

ここは前述のようにあるお寺の奥の院ですから、このお寺の本山である奥の院に気持ちを置かれてこの地に宿っているような存在なのです。

こちらはそれを勝手に感知してしまうものだから辛い。

眠ることもできないし、暗い山道を歩いて降りるわけにも行かずに夜が明けて、早々に山を降りていくと、10分ほど歩いているうちにお腹の張りも抜けて、息苦しさも薄れて楽になってきました。

やはり奥の院の周辺だけを離れずにいる存在なのだということを実感したことを覚えています。

それほど信仰厚くそこに留まり、集まっている霊は少し時間をかけて浄化されるのでしょう。

神聖な信仰の集まるような拠り所は、修行者の方以外にも多くの方も来られて、願いごとや悩みごとをゆだねていかれる所にもなります。

神聖な場所は厳かに祈られ守られていかなければならないと思います。

これより何年か後に、年配の女性がここへ行かれて自宅に帰ってからも霊が憑いているので何とかして欲しいという方の相談をしたことがあります。霊査してみると波長が合ったのか、やはり女性の親子づれの姿が視えました。

昔、子供さんの病気の回復を願い信仰されていたようでした。気持ちがなかなかこの場所(山)から離れられなかったようですが説得して浄霊したことがありました。

信仰は人の拠りどころですがる思いで行かれる方のしあわせのためにも、パワーを与えてくれる本山は守られて欲しいですね。

霊が集まる

誰もいないのに

 部屋の中がなんとなくざわざわしていて

誰も人がいないのに

たくさん人がいるような感じがしたり

耳がざわざわとするような音

ときには人の声のように聞こえてくる方もいます。

とくに電気製品のところで強くなることも多いのは、

霊も電磁波ですから、

電気製品に反応が起こりやすくなります。

ご自分の感受性が強くなってきたとき

体力的に疲れているとき

家や土地に問題があるとき

どこかで霊的な影響を受けてきてしまったとき

などなど、現象がおこってくることがあります。

早めに神社にいかれたり、

部屋にお香を焚いたり

清めていくことを考えていくことが必要です。

ため込みすぎてしまうと気持ちも重たく動きづらいですから、

身に受けやすい方は常に波長がよいところにでかけて

気の流れを整えることをたいせつにしてください。