親切なご家族だと思っていたら

私の母親の友人だった女性が80歳の時に、

ご主人が亡くなりお一人でアパート住まいをされるようになり、

お隣の若いご家族が何かと声をかけてくれて小学生の子供さんはいつも明る

く、ご両親もやさしく高齢の女性に気を使ってくれて買い物にも付き添ってく

れたりご家族がとても親切にしてくれたそうです。

 

そんな日々が2年くらいたったころに、そのご家族の奥さんからある宗教の話

が出て、一緒に行ってみませんか?と誘われたときに、

 

この高齢の女性が「せっかくのお誘いですけど、うちは実家も亡くなった主人

も決まったお寺の宗派だから、私は他の宗教には行かないし入らないのよ」と

丁重にお断りしたら、

 

「よくもこれまで面倒見てやったのに、断るなんで失礼なこというわね!」と

本当に手の平を返したように暴言をはいて部屋を出ていったそうです。

 

それ以来買い物など一切付き合ってくれないし、挨拶もしてくれない・・

 

結局、自分たちの信仰している宗教の勧誘のために2年ほどいたく親切にして

くれて、普通なら断れないだろうという状況をつくっておいて誘ったようでした。

高齢の女性だから情に訴えてきたのでしょうが、「そんな気持ちでや

さしくされていたのかと思うと悲しい・・・」とおっしゃっていたのが忘れら

れません。

 

宗教はどこに入信してもしなくても、個人の自由ですから勧誘してそれも断る

と手のひらを返されるというのはつらいですね。

霊が集まる

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霊的な介入があると覚えていないこともあります

*事例はご本人のご承諾をいただいて掲載しております

 

ご夫婦で旅行の打ち合わせをしていて

奥さんが「○○○に旅行に行こうね、何日に行こうね!」

ご主人が「わかったそうしよう!」

そんな会話をして何日かすると、

 

「今度の旅行の話だけど」というと

「そんな話しはしてない聞いてない、初耳だよ!」

などといわれてしまう。

 

「この前は返事したじゃない!」と

問いつめても、違うは話は覚えていても、肝心なことは覚えていない

などと本当に伝わっていないこともあるのです。

 

そんなときには、本当に腹が立ちますね。

けれど霊的にいろいろ影響されやすくかぶりやすい方は

こういうこともあります。

 

検査しても認知症ではないですし、

お仕事もしっかりなさる。

 

奥様との会話にだけこのようなことがでてしまう。

お家の問題が隠れている場合があるかもしれません。

(ご先祖や土地の問題など)

 

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人のためにしてあげたと思いすぎないこと

自分は人のために、これだけのことをしてあげたのに、相手は何もしてくれないとか、人のためにあれもこれもしてあげたのに・・・・・

 

長い人生の中ではそう思わされることはあるかもしれません。

 

けれども人に何かをしてあげても、相手が自分の思うようにしてくれなかったり、意見が食い違ってきたりということもあります。

 

人のために良かれと思ってしてあげても、「してあげた、してやった」という感情が強いと苦しくもなります。

 

けれどももしかしたら自分の心の視点と違うところで、相手の人からたくさん助けられていることも気付かないでいるかもしれません。

 

それにもしも、その相手の人が何もあなたに返すものが(心)無いとしても、人のために本当に無償の心でなすべきことをしたときには、必ずまったく違う人からでもそのお返しの心はいずれ戻ってくるものです。

 

因果はめぐるといいますが、良いことも必ず姿を変えて巡るものです。

 

一人の人に留めてふりまわしたりふりまわされたり留まってしまうと気持ちががんじがらめになってしまいます。

 

スピリチュアルな内面は自分自身の考え次第でどんどん変化されていきます。魂を磨くか曇らせてしまうかは心の置き方次第でもあります。

 

何事に対しても、悪くしか捉えなかったり悪いところ探しに努力しすぎてしまうと、悲しいかな悪意を持たない人まで自分にとって悪い人という見方になってしまうことさえあります。

ご自分も傷つかないように

 

 

井戸も大切に

昔は近くにお城があり戦いもあった歴史のある土地に嫁がれた方のお話ですが、同居の義父さんがある日突然、

 

「敷地内にある使っていない、古い井戸を埋める」と急に言いだしたそうで、ご主人も「まあ、ほとんど今は使っていないのだから仕方がない」と思っていたら、その翌日に義父さんは砂を運んできて井戸を埋めてしまったとのこと。

 

義父さん曰く「井戸を埋めるのに神主さん呼んで清めるか」といったり

「お神酒くらいまくか」といってみたりしながら「ま、いいか」とあっけらかんと砂を入れて井戸を埋めてしまわれたそうです。

 

その翌日からご主人とお嫁さんが、腰は痛い、鼻水が薬を飲んでも止まらない、気分が悪い、トイレばかり行きたくなるなど大変なことになってしまいました。

 

義父母さんはまったく感じないようですが、息子さんご夫婦は感受性が強いために大変なことになってしまったのでした。

 

何日もそういう日が続いたとのことでしたから、埋めてしまわれた井戸の「気ぬき」をして清めや土地に縁ある神社にお参りしたり、きちんとしてから2、3日でおさまっていきました。

 

古くからあるところを一気に埋めたり掘り返したりすること事態が自然の持つ「気」の流れを変えてしまいます。

 

このご夫婦も霊感が強いのですが、ここのお家の周辺の土地は過去の歴史にも残っているような城跡や古戦場の近くでもありましたから、

 

単純に人としての合理的な発想と感覚だけでは問題が残ってしまったのです。

明日から旧盆です。

新盆の方もいらっしゃるかもしれませんが、故人のお好きだったものをお供えして差し上げてください。

 

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ご縁

*記事の事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

Aさんの祖父さんが所有していた山の別荘をほとんど利用しなくなったためにてばなすことになり、幸いにもその別荘を気に入って購入したいという人Bさんが現れて契約する事になったそうです。

 

「こういうところでゆっくり暮らしたい」

契約当日にAさんは不動産業者と別荘で待ち合わせ、契約者のBさんを待っていたのです。

 

ところが1時間しても2時間経っても現れないのです。

不動産業者がBさんの自宅に連絡しても携帯電話に連絡してもつながらない。

 

はじめは車でも込んでいるのか、道を間違えたのか少し山なので携帯もつながらないのか?・・・いろいろ考えてもどうにも連絡が取れず首をかしげながらその日は解散したそうです。

 

Bさんは独身のため他のご家族に連絡も取れず、2日後に不動産業者がBさんの自宅を訪ねて理由がわかったそうです。

 

自宅で亡くなられていたと連絡があったそうです。

 

契約日の当日には亡くなっていたのです。

 

それでは来ることはできなくて当然です。

 

なんという巡り合わせでしょうか、

 

Aさんご家族も「どうして」という思いも残るかもしれませんが、すでに亡くなられたBさんはこのことがあったから、後日ですが早く発見された事にもなります。

 

そうでなければ、一人暮らしの孤独死でもっと遅い発見になっていたのです。

 

袖ふれあうも多生の縁、寿命は変えられませんし、だれもBさんを看取ったわけではありませんが最後を早めに見つけられたのもご縁でもあります。

覚えていない

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

返事をしているのに覚えていないと言われてしまう

40代のご主人が奥さんと話していると

時折会話がぎくしゃくするとのことです。

奥さんがご主人と話していると

「うんわかった。そうしよう」ときちんと返事をするので、

伝わったと思って後日「この前の話だけどそれでいいわね?」

と再度確認をしようと話すと、

ご主人「そんな話は聞いていない。

いまはじめて聞いた」という答えです。

奥さん「この前、私が話したときにわかった!

そうしようと言ったじゃない。覚えていないの?」

ご主人「覚えていないし、いま初耳だし、そんな返事したこともない・・」

といわれる。

病院の検査も問題がないのです。

それでも、このようなことが何回かあり

奥さんがご相談にこられました。

お話を伺うと「私が話をしているときに返事はするのですが、

ときどき後から覚えていないことがあります。

それにそういうときは何となく目が虚ろというか、

こちらを見ているのに見ていないような感じで

会話に芯が入っていないような感じなのです。

以前からなんだか会話が噛み合わなかったり、

いきなり物を捨ててしまおうとしたり・・・

いろいろ小さいことはありました」

そういうご相談でした。

感受性が強くて霊感があるのは女性だけでなく、

男性の方でも影響を受けやすい方はいます。

以前から感受性が強かったと思われますが、

お仕事や周囲の問題が多すぎて

気づいていながらスルーせざる終えなかったことが、

そろそろ問題がはっきりでてきたのです。

このご主人の場合まず、お仕事でいろいろ出会う人も多いので

守られることを整えていただくことから始めました。

ご主人はご理解してくれないでしょうから、

奥さんにできることから進めることにして、

ご先祖供養からはじまりお家の近くの氏神様やご実家の氏神様、

お家のお清めなどしばらく行っていただいて

しばらくしてご主人もご一緒にお参りなどに行かれるようになり、

ゆっくり霊的な影響であるという事を

受け入れてくれるようになってこられました。

いまは会話で違和感はなくなられています。

霊的な影響もさまざまです。

感受性の高い人に多いです

タイミングが合わないという事ってありますよね。

たまにタイミングが合わないくらいなら、「今日はついてないな」 で すむかも知れませんが、

 

そういうことが頻繁にあるのなら、自分の時間かあるいは相手の人たちの時間の感覚が微妙にズレ ているようなものではないでしょうか。

そこに霊的な影響が介在しているならば、空間に幕が張ったように 感覚のズレが起こってくることが多いです。

 

感受性の高い人がよくこういう経験をしやすく、自分だけが進む時間が遅く感じられたり、過去の

出来事ばかりに気持が戻ってしまったりしやすくなる傾向があります。

 

いけないと思いながらも、過去の失敗に捉われてしまったり、また昔と同じことになってしまうのではないか?と考えてしまうこともあるのではないでしょうか。

「不安な観念」から脱して行くことができないことにもなり、霊的な影響があると心の自由も奪われてしまうこともあります。

 

霊的に感受しやすい人は、自分以外の過去の霊たちの意識に感覚を奪われてしまうこともあるのです。

自分自身の感性を知っておくことは霊的なものからくる感情のコントロールも出来るようになります。

 

また感受性が強い人は原因はそれぞれにあるかもしれませんが、霊的な現象かどうかもわからない、けれどなんとなく自分らしくないという方がおられます。

 

霊が見えたとか、声が聴こえたりなら認めざるをえないでしょうが、なんとなく重い、気持が落ちこむ、気分が暗い、外が明るいのに暗く感じられたり、些細なことでも涙があふれてくるようなこともあります。

 

人と顔を合わせることがつらかったりすることさえあります。

霊的な問題でもそのような現象が起こってきますが、大概の場合には自分が弱いからだとか、どうしようもないのだとあきらめてしまうことが多いようです。

 

自分自身が感じられることに気のせいなどはありません。

ただそれが外面的なものか内面的なものかによって捉え方が大きく変わってしまうのです。

今日より明日

悩みをかかえている最中は仕方がないですが、何年も過ぎているのにいつもいつも想い出して、

「あの時はこうで、ああっだった」ととめどなく思い出されて後悔と反省と、出来ればやり直したいと、いつまでも、何度もくりかえし思い出すこともあります。

普通は想い出しても「もう仕方がない」と、すぐに切り換えることができるのですが、霊的に影響をされやすい人は、ひとたびその想いに駆られると心が身動きできなくなるように止まってしまうこともあるのです。

一つの思いから気持ちがなかなか離れられずにいたり、その反面人から見える自分はどのようにみえているのかを気にして、人から見られる自分の評価や容姿を気にし過ぎるあまりに 「自分らしさ」 を出しきれないこともあるのではないでしょうか。

 

やり直したくてもすでに過去の出来事の時間は取り戻すことができません。

過去の時間よりも、今からそしてこれからが、より 「自分らしさを表現し」 納得できる生き方をすることではないでしょうか。

 

生きる条件は非常に限られているし、自分勝手に行きたいところへもすぐには行けないかも知れませんが、気持ちの時間を未来に向けてしあわせ探しを進めてみたらいかがでしょうか。「今日より明日へ」

 

・自分の美点

「欠点」の反対は「美点」です。

自分の欠点や嫌なところを並べてみると、かなりスラスラと言うことができても、反対に好きなところをあげてみるとなかなかスラスラと出てこないものです。

自身に対して嫌いだという面はよく観察しているのに、好きなところや長所に関しては以外と無視をしやすいことが多いように思います。

自分で自分をほめることは、あえて考えないものですが他人がほめてくれても即座に受け取れないことにもなります。

自己評価が厳しすぎて自分の悪いところばかり探そうとし過ぎてもつらいです。

最近は「いじめ」が流行り言葉のように使われていますが、いじめるほうも自分が持つ不安と、自分の嫌いなところばかりで行き場のない「心の苦しみ」を友人もしくは職場の同僚に転嫁して鏡になってしまうのです。

同じ空間にいる時間が長いために自分が映ってしまうのでしょう。

とくに子供同士の社会では、純粋に大人や社会の流れを敏感に表現していることも確かではないでしょうか。

ご自分の美点をというと考えこまれることが多いのですが、人によっては 「電車に乗っているときにお年寄りに席を譲ってあげたりすること」かもしれませんが、もっと単純でいいのです。

 

「きれいな花をみてきれいと感じる」 「美味しいものをたべて美味しくしあわせと感じる」「寝る前に一日の充実感」 などそれぞれの場面でいまここにいるしあわせを見出していくことが美点探しでもあります。

悪いところ、弱いところ探しよりも、好きなところ探しから始めたらいかがでしょうか。それに人の欠点探しよりも「美点」探しをするほうが何よりも自らの心が温まってくるのではないでしょうか。

お墓が欠けていた ケガ

       ※ご本人の了解をいただいて掲載しております。

今から15年以上前のことですが、知人のご主人がケガばかりするようになり、

 

これまではめったにケガもしたことがなかったそうですが、

 

ケガが治ったと思うと、また次のケガというように立て続けに

起こるそうです。

 

その話を聞いているとどうしてもお墓が出てきてしかたがないので知人に

「お墓参り行ってるの?」と聞いてみると、

 

「そういえば地方で遠いから、考えたら6年以上お墓参りも行っていない・・行った方がいいかな?」とのこと。

 

「たぶん行った方がいいと思う」と答えるだけで終わりました。

 

が、後日ご夫婦でお墓参りに行くと、行かなかった6年の間に墓石の一部が欠けたりヒビが入っていたりしたそうです。

 

ご主人が「これでは具合悪くなるし、ケガもするな」と言っていたそうです。

ほんとに知らされていたのです。

 

その後ご主人が小さいながらもお墓を建て直しケガをすることもなくなりました。

 

ご先祖事もたいせつに

 

名水や湧き水 

ご神水など、そのまますぐに飲んで大丈夫な場所も少ないですが、きれいなお水を飲めるととても心地よいものです。

 

ほんとに甘くまろやかですぅーっと吸収していくのが気持ちがよく体が清まることを感じられます。

 

食べ物が体の血となり肉となり生かさせていただいています。

お水も大切な同じ意味をもたらしてくれます。

 

時にはおいしいと思える自然のお水に出会いに行くことも素敵ですね。

そういうところは気の流れもよい空間でもあるのです。

 

お詣りやご祈祷

神社のおまいりやご祈祷は、

 

お願い事や平穏無事を祈念していただくことも多いですが、

 

「気」のパワーもチャージされてくるのです。

 

見えない力ですが、ご自分の体力気力も気の力は大きく影響してきます。

 

境内に入るとそこはすでに神域ですから、ゆっくり深呼吸。

 

 

 

感性の強い方は

自分という存在が社会から孤立したように感じて、

人に追いついていけていないと感じることもあるかもしれません。

 

あまりにもいろいろなことに過敏にうけとめやすくなります。

例えば人の思い、意識、視線、

 

自分への評価が心に突き刺さるように感じられたりします。

わかっていても気にかかるものは気にかかります。

 

いろいろと見えない感情や霊的にも背負いやすくなります。

人の意識から解放されたときに、

 

何をしていくことがご自分にとって楽な方法かを

大事にされるとよいです。

 

部屋でアロマを焚くこともよいですが、

神社でもお寺でも山でも海でも・・・

心がホッと出来る場所を見つけて行かれるとため込むことが少なくなります。