善霊は守られなければなりません

今年に入って様々な出来事が、これまでの流れ以上に早く次々と積みかさなるようにおこってきています。

事件でも突如犯人の意識が身勝手な事件を巻き起こすことになり、負がさらけ出されています。内在していた自分の気持ちの善悪のバランスを崩したときにとりつかれたようになってしまうのです。世界でも独裁政権下にあった国々が民衆の力で変化をさせる動きになっていますが、これまでの水面下に隠されていた本当の力、本心が表沙汰になってきて、それは社会にも世界にも個人にもでています。

暗い出来事に気持ちが引っ張られてしまうと本当にそういう世界に入り込んでしまうのです。負けないためには希望と明日に向かっていく気持ちと、これまでの自分がようやくここまでに至ってきた人生という運命を信じて進まなければなりません。

「負」の現象が起こってきています。その反面では「正」も出ています。
負のエネルギーに吸い込まれていかないように

例えば人を思いやることや人を助けると言うことはどういうことか悩まされてきた方にはそれが大きな課題となってきます。

ある例をあげれば今まで親しい人を何度も助けてあげたり支えてきたとしても、相手はそうは感謝を感じていないこともあります。

それどころか2度3度4度と繰り返されて、愛情面でも金銭面でも相手は当たり前のように頼ってくることやあるいは自分の窮状を話すことで情に訴えてくる。もちろん事情はきりなくあるかもしれませんが、他人を犠牲にして成り立つのは決してよいことではありません。

スピリチュアルなことに興味を持たれる方は思いやりが強くどちらかというとご自分に罪の意識を科せてしまう傾向にありますからご注意を。ことわざで「情けは人の為ならず」(意味=情けをかけることは人にしてあげた報いは必ず帰ってくる)といわれますが、自分の心と生活を乱すほどの情けではいけません。

しあわせは自分が感じられてからこそ分け与えることができるのです。世の中の明暗がつまびらかにされてくるときに、人の心もまた嘘偽りなく反応してきます。自分の中にガマンしてきたことが、本心が先行してくるでしょうし隠そうとしても隠しきれないことに気がつかされてきます。

素直な人は素直に
良識ある人はより穏やかに

前世とか過去世のとらえかた

自分の前世は何者で、だから今とどうつながっているのか

最近はご自分の前世や過去世の記憶がはっきりと覚えているという人も増えています。
過去世は魂のアイデンティティの<一部>ではありますが、自分という全部ではありません。

自分の過去はという受け取り方では、本来間違いだと思っています。霊的(スピリチュアル)な世界に入ってくるときに自然に感じられるようになってくるのですが、すべてがときあかされてくることになります。

いくつもの時代に、性格も性別も役割も人生のプランも全く違う体験をしていく役割のために生まれたことはあります。

けれどもそれは今の自分ではありません。自分がここに生まれてくるまでにリンクしている一部ではありますが、自分すべてと思わない方がよいのです。

ご夫婦でも前世の縁がつながってと言う解釈だけではないのです。
新たな人生を構築するためのつながりのきっかけをつくってくれた一部にすぎません。

よく出会った瞬間に「結婚する人だとわかった」というのは前世だけでの問題よりも、魂がこの世界に人として生まれてくる前に霊界からもたらされた、人生に組み込まれている約束ごとの一つでもあるわけです。

それでもここに来ると懐かしいとか、やたらと縁があると言うこともよくあることです。確かに記憶の一部が反応していることも否めませんが、もしそこが懐かしくて居心地がよいのなら、良い記憶の一部が思い出されているかもしれません。けれども人生は非常にたくさんの情景をみて体験されていきますから、その何シーンかにずっと浸っているわけにもいかないのです。

特に自分自身の前世ではないかということに、意識が常にとらわれて考えてしまうと、すべてが前世過去世から人生を導き出してしまうことにもなります。

たとえば今がもし不幸なら前世で人をいじめたから不幸なのだと納得させてしまうケースもありますね。すべてがつながりがあるとしても、以前の記憶がよみがえってくるというのは、ほんの一部に過ぎませんが、細い針先で体を突かれてもひどく痛いように感じられるようなことにもなるかもしれません。

そのような感じ取り方をしていく人もいます。過去世とかとらえるときに難しいのは、自分が生まれてきたその家の先祖なども縁がありますから、もしかしたら先祖の過去をとらえてしまい、逆に苦しんでしまう人もいます。

前世も過去世も今の自分ではない人格で存在したかもしれません。しかし、今の生命を与えられている以上は自己を形成していくことが大切です。魂の世界に戻っていくときにすべてのことが組み込まれていたことに気づくことができます。

過去世かなと感じたら、とりあえず心の中で傍観してできる限り客観的にみるようにしてください。その感じ取っている過去世が゙良いこと、あるいはとても悪いことだとしてもです・・・・・・・

今を生きる自分ではないことを確認していかなければなりません。
そしてそれが自分以外の霊的なものに誘導されていないことを確認していく必要があります。

ここで過去世が非常に自分の意識に強くまとわりついてしまうようなら、自身の中に受け入れていく必要はありますが、自分自身のキャパを広げていかなければなりません。
前世?の記憶と今の自分とが重複した状態で精神的に問題が出てくるような場合には、前世や過去世を捉えようとする前に、今自分は何処にありきでどこに生きているのか、霊的な軸がしっかりしていないと振り回されてしまうことになりますからご注意を・・・・・

前世で偉かった、あるいは苦しんだ思い出と、自身の創りあげた世界でのたうちまわることが無いようにしていただきたいのです。

悪い記憶がよみがえったときに、それに苦しむことにならないためにも、自分自身の見えないつながりを広げて考えて自分と向き合うことです。何より今の自身の魂と霊性を守ることが人として生まれ出てきた使命の大切なひとつでもあるのです

精神世界 切り替えが起こっています

2011年、空前の大災害がいまだに救援作業の渦中で、原発問題も集結までには時間を要することとなります。

被災地へ素人が出かけて簡単にお手伝い出来るような災害ではないために、歯がゆい思いやら不安と恐怖が混乱をまねいてしまいます。

混乱は現実的な世界の混乱だけではなく、自分の心の中でも起こり始めています。 現実的に引き起こされた現象が、それを見聞きし、人の目も耳も五感も心も魂もすべてを変えようとしていかなければならない力が働き始めてきます。

目や耳は毎日大災害の報道から、およそこれまで経験したことのない災害に対して疑いたくなる状態です。感情はぎりぎりのところまで追い込まれて、今回の災害の悲しみで満たされ、地震、津波、火災、原発事故による恐怖が次から次へと襲ってきます。

これまで常日頃悩んできたことが小さな出来事であったのかを身をもって知り、これまでの自分に腹立たしさをもった葛藤が生まれる場合もあります。

大切なものについて受け止め始めます。
考えるのではなく受け止め始めます。
感じ始めます。

いま起こり始めてきた一部の現実的な崩壊により、個人の小さな生活の欲得が洗いざらい空虚なものとなってくるでしょう。

すべてがとても果敢なさ(はかなさ)をもち、失望が自分の心を逆なでしてくるかもしれません。 現実的におざなりにいい人で生きようとしていた感覚にも自分で嫌気がさしてくることもでてきます。

これまでの生き方が世の中を中心に何故か無理に世の中に合わせようとしてきたこと、 幸せに対しての定義が欲と道ずれになっていたことに気づき、生きる幸福を考えさせられます。人間がその切りかえのための意味もある災害、事故が引き起こされました。 便利さと欲しいものを手に入れるための危険さとが紙一重に存在していたことを身をもって知らされています。

霊的な変化精神的な変化がすでに始まっている人は、非常に自分のこれまでの心に苛まされることがでてきます 自分がこれまで悩んできたことが吹き出すように表面化してくるでしょうし、自分のいたみや弱点が押さえきれない思いで吹き出してきます。

優しすぎて人に断ることもできずに、頼んだ本人ができるであろうこともやりすぎてきたとしたらそういう自分の弱点、悪点を知らされます。

例えばですが、できないことを助けてあげることは良いことです。

人のためにやりすぎることがどうして悪といわれるのかというと、できることをしてあげると相手の悪心はまた頼ってきます。それを何度も繰り返していると相手は言うことをきく人にゆだねてしまいがちです。

意のままに動かそうとしてしまうこともあります。

それがいくつもつながり始めたら悪を生み出します。それらを食い止めてしまうための動きと灰汁ざらいのときを得ているのです。

逆に善の連鎖も起こっています。

いまここでお伝えしているのは小さなことが大きな悪心を動かさないように霊的な戦いでもありますが、感じとれた方がそれらを変化させる思いの力を持たれています。 そして今までの自分を入れ替えたいと感じるほどの違和感がでる方もいると思います。それが内在している霊的な本質と、現実界の表面的自分との交流が入れ替わってくるのです。

ある日突然切り替わってくることもあると思います。守護霊を変えて変わるものとは違い、自分の感情や心の中で光を見出してこなければ神の輝きを感じられないのです。神性をもった自身の魂に出会うためにはいくつかの心のもつれ、いざこざ、悶着の嵐と押し寄せる波が心の中で巻き起こります。

人に苦しみの刃を向けても意味がなく余計に自分が苦しむことになってしまうことがないように。新次元へ移動していきますが、物質(肉体も含めて)が人を動かしてきた世界から魂の本質が自らを動かしていくように変わります。そのためには急激な変化が世界に必要となってきます。

嫌われていると思う人

とても感受性の強い方に多いのですが、ひとから嫌われていると思いがちなこともあります。

声が聴こえる、自分を支配しようと頭の中に入り込んでくるなど、妄想意識と思われてしまうような霊的現象が起こってくる人さえあります。

聴こえなくても他の人は自分を嫌っていると思う。決め込んでしまったり、

心も霊的にも弱っていますから余計に過敏に受け止めてしまうことになります。

また誰かに恨まれている、嫌われている、という思いが強すぎて悩まされているケースの場合、問題点の発生したままの過去の時空間に霊的な心が留まってしまっているのです。

いつも人の言動や霊、生き霊に悩まされてしまう場合には、見えないものの影響も考えたほうが解決の糸口にもなりますが、あくまでも他人に支配してもらうのではなく、あなた自身の魂も心も他の誰のものでもありませんから人生までコントロールされないように気をつけて。

人と霊体と魂と

魂という言葉はよく言われています。

けれども霊体という言葉はあまり使われないかもしれませんね。

人は肉体と魂の間に霊体という存在があり霊体は心と魂を交流させていく役割を担ってもいます。

魂は生命をもたらして、物質的な肉体を必要とするときに霊的な世界(霊界)で霊体を身に着けてそれから現実世界へと、命と肉体を頂いて生まれてきます。肉体も霊界からの大切な借り物。たいせつに

寿命の場合には自然に魂も霊体も共に体から離れていくことになります。

シャーマン的な体質

霊感がないと思われている方で、実は霊感が強いという方は結構多いのです。

霊感は霊がみえたり、霊の声が聴こえたりする事が霊感であって、それ以外には霊感だとは思っていないことが多いのです。

霊はみえなくても、感受性が強くて親しい友人と楽しい会話をしているにも関わらず、何となく心が弾まない、大好きな友人なのになぜこんな感情になってしまうのかと思うくらいに、相手はなにも感じていないはずの、不快感や違和感も感じとってしまうこともあるのです。それが霊感でもあるのです。

感受性の強さ感性の高さが、逆に普通では人のみえないところや気づかない部分を感受してしまうこともあります。

人には言えない直感力の強さで、精神的にいっぱい、目いっぱいの状態に追いつめられたように、みえない影響が自分の周囲を包み込んでしまうようなこともあるかもしれません。 自分が悪いからと言う考えだけではいつも空回りしてしまい、解決できないことも世の中にはあるのです。

シャーマン的な体質がより良き方向へ開花されて人生の産まれ持った環境と性格、体質などバランスのとれた、生き方に変化が生じて幸せを手に入れていくために進んでください。

感受性が強いことも
傷つきやすいことも
自分を追いつめてしまうことも
感情過多になってしまったり

人の気持ちが伝わってきてつらくなったり

現世が重たく感じるときは神社にいかれたり、

環境の違うところへ出かけてみることも大事にしてください。

時間感覚のズレ

空間の中では誰もが時間を行き来することができます。

脳が記憶のレコードを取り出しているからだと思われていることの中にも、霊的な意識は時空間を越えてその過去の出来事に入り込んでいる部分もあるのです。

何度も同じことを考えて思い出しては戻ってきていることもありますが、楽しい記憶ならうれしいのですが、悲しく辛い、憎いなどの記憶ばかりで行き来をしていると、霊体(霊的な体)も疲れてしまい、そのために心身の疲労が激しくなってしまうこともあるのです。

過去の出来事ばかりに感覚が行きすぎて過去の時間にとどまる時間が増えすぎてしまうのかもしれません。

エスカレートしてしまうと現実世界との時間のズレが生じてしまうこともありますから気をつけないといけないのです。

霊的な感受性が強い方がこのような時間感覚のズレにおちいりやすくなるのと、マイナスな過去に入り込んでしまうために霊に憑かれてしまうケースもあります。

神社の空間の違い

神域の空間

初詣以外でも、神社やお寺にお参りにいく若いかたも増えていますね。

神社にお参りに行かれたときに何気なく参道を歩いて神社のお社に向かって手を合わせるか、お願い事をして戻ってくる方も多いのではないでしょうか。

それもよいことですが、もしお一人で神社へいかれる機会があれば、神社の参道を一歩ずつ(半歩ずつくらい)ゆっくり、ゆっくりと歩いて、ほとんどの神社には鳥居がありますから、特にそこからが神域の空間に変化していることを感じてみてください。

ゆっくり深く呼吸

ゆっくり深く呼吸をしながら、ゆっくり歩きなるべく余計なことは考えないで、いまここをゆっくり歩いている空間に気持ちをゆだねるようにしながら進みます。

五感の緊張感をとりはらうように、ゆっくり鳥居と社と自身の気持ちを連動させていくことで波長の違いに気づかれるはずです。

鳥居の手前は3次元の世界で、鳥居から向こう側のお社は4次元空間を意識できる世界でもあります。

霊感の強い方はこの空間に入るだけで身禊の祓いを感じとることができます。

日本の氏神様とされている伊勢神宮にお参りされた方は何か違う次元で、宇宙空間に入ったように感じられるかたが多いですが、まさに人の世3次元と4次元5次元の空間をつないでいることを、物質的な形でとてもわかりやすく、伝えられ構築されてきた人間の叡智の結晶でもあります。

もちろん神社だけでこのように感じられるわけではありません。

日本という国は自然界や見えない世界を身近に神社という姿で、不安定な気持ちになりやすい人の内面の世界への橋渡し役でもあり、心と魂のよりどころともなっています。
次元とか空間の違いを五感で感じとることができる方法のひとつです。

ゆっくり鳥居をくぐって ゆっくりと自分の心からスピリチュアルな(霊的)世界へ

第六感もさることながらえてきます。

霊が存在するところ

自分のきもちや心であるはずにも関わらず、

ご自分が非常に心の片隅に追い込まれているような感覚になってしまうこともあります。

自分心が隅っこに追い込まれているような不思議な感覚はだったり、

そういう感覚の中にいつしか霊的な意識が入り込んでいることもあります。

このような方は霊的な存在を考えたほうが納得が出来て解決も早いかもしれません。

霊には肉体がありませんから、

人の心や感情につながりやすい存在でもあります。

また精神世界のことを理解されている方でも、世の中の変化の速さは人の内面の、スピリチュアルな部分が、表面にあらわれてくるために起こる、荒波のようで社会も不安定な波動がしばらくは続きますから多少の波をかぶってしまうこともあるかもしれません。

くれぐれも輝きのある、ご自身の霊性と魂を手放すことがありませんように。

守護世界の次元の高い霊も感情や感性に存在していることを忘れないでください

心と霊のバランス

神経をすり減らしてしまうような感覚、表面的には普通に社会と溶け込んでいるという方でも、

何故か物足りなさと刹那さ、自分の心の奥底が悲哀に満ちて、気持ちのやり場の無いことで悩まされていることもあるかもしれません。

それは自分の人としての生き方と、霊的なご自分の役割とのギャップが生じていることが多いものです。

人としての自分は見えない世界のことに気づかないで、忘れていることもあるかもしれませんが、霊的な役割というものがそれぞれの方にもたらされてきています。そして、それが人間界で忘れすぎていても、心と霊のバランスを欠いてしまうこともあるのです。

霊的な現象というのは二通りの考え方があります。一つには霊に憑かれたとか霊を視たとか、外部的な影響を受けることも霊的現象でもあります。
もう一つには人は自分自身にも霊体と魂を持っていますから、自分の霊性でも悩まされることもあります。感受性の高い人は、外部の霊にも敏感ですが、自分自身の霊性にも非常に過敏に反応していることもあるのです。