他人のしていることや人の言葉が気になりすぎること

誰かに言われた一言が頭から離れなくていつも思い出してしまうこと。

 

若い頃の私がそうでしたが、それも悪いことばかり思いかえすことが多いの

 

は、自分が気にしている部分が他人から指摘されることもあります。

 

例えば「もっと頑張りなさい」「何をしているの」「ダメね」「こんなことも

 

わからないの」など、単純な一言が非常に気にかかってしまったり、相手の人

 

は大して深く考えないで発した言葉かもしれないけれど、考えさせられてしま

 

う。

 

そして、そう言われたとしたら「あの人言い過ぎよね」「なるほどそうだか

 

ら、次回から気をつけよう」「自分がダメなわけがない」と受けて流していけ

 

る時には、

 

気持ちの中にあまり引きずることはありません。

 

けれども感受性が強い人の場合には、言葉一つで胸をつかれたような苦しさ

 

と、つらさや痛みが意識の中で生じてしまうことがあります。

 

 

霊的にみれば見えないもの同士のやりとりが介入しているケースもあります

 

が、過敏に反応してしまうこともあります。

 

すぐにまいらないで、すぐに傷つかないで手のひらを胸に当てて自分の体温と存在を感じながらしばらく深呼吸することもホット一息・・・・・・・・・・

 

そして他人と比べすぎないようにリラックス

庭をさわるごとにお子さんが反応する

     *事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております
      都内にご自宅をもたれているご家族で、A子さんは結婚されて

 

      ご主人のご実家の土地に家を建ててもらって住んでいます。

 

      2才のお子さんもいらっしゃるのですが、

 

      A子さん「実は家の庭を、義母がよく花を植えたり、小さいですが

 

      庭石を異動したり、掘らなくても良いようなところを掘ってみたり、

 

      土いじりが好きで、庭を掘ったり、石を異動させたりする度に

 

      子供が異常なほどに泣き叫びます。

 

      何かを怖がっているようで、私にしがみついてくるのです。

 

      私たちの家の庭はさわりませんが、同じ地続きなので、

 

       義母に庭をさわらないでともいえないのですが・・・・」

 

      お庭の写真を見せていただくと、いくつかの石の中に、明らかに顔にみえる

 

 

    石があります。

 

    もともと、この土地の周辺は住宅地になる以前は、

 

    小さな祠や道祖神も多かったところです。

 

   義母さんには、霊的なことは言えないということで、A子さんご夫婦の敷地のお

 

   庭に、少し大きめの石を置いてお清めのための水晶を埋めていただくことにし

 

   ました。

 

    今後はお清めする場所にしていただくこともできますし、

 

    義母さんが動かしたりなさることも出来ない場所ですから、

 

    影響を受けにくくするためでもありました。

 

    また、毎月一度氏神様のおまいりと、お供えを続けていただくようにしたの

 

    です。

 

   その後は、あいかわらず義母さんは、庭を掘られていますが、A子さんの子供

 

   さんは、だいぶ落ち着いてきました。

 

 

神社の夢をよく見るお子さん

 *事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております


中学生の娘さんで、幼い頃から、

 

ご両親と神社やお寺にお参りする機会が多かったのですが、

 


この半年くらい、神社の夢を頻繁に見るようになったのです。

 


「でもどこの神社かもわからないし、

 


いままでお参りで行ったところにも、

 


似ているような、違うようなはっきりしません」

 


とのこと。

 


どこの神社へいきたいということでもなく、いままではご両親に連れられて行

 

っただけの感じですが、とても霊的な感受性が強いこの娘さんが自分で考えて

 

いかなければならない時期でもあります。

 


神社には行っても、

 


自宅の神棚は朝晩お参りしていますか?

 


自分で毎朝のお水は取り替えていますか?

 


出掛けて参ることだけに集中していませんか?

 


まず身近なご自宅のことから大事にして、

 


そうしてできたら、次のヒントがあると思いますよ。

 

 

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時間が進まないような感覚

少し落ち込みやすくなりやすい状態のとき、昔にあった出来事のイヤなことば

 

かりを思い出して、「あの時はこうだった、そのときはどんなことがあった、

 

だからこうなった」とか、繰り返し思い出してもいまとなってはどうすること

 

もできないことをフラッシュバックして何度も何度も記憶や心をよぎるような

 

場合には、霊的なマイナスな働きかけあるいは霊的な影響を内面に受けている

 

こともあり得ます。

 

生きている私たちの時間は次から次へと進んで行きますが、霊(お化け)

 

存在で残ってしまった場合には、亡くなった意識のままです。すなわちそのと

 

きの過去の思いの意識のままに留まっているようなものですから、まるで時間

 

が止まっているような状態そのものなのです。

 

そのためにそういう霊的な感情や感覚を受けてしまっている人の場合には、時

 

間感覚にズレが生じてしまうようであったり、過去のマイナスな出来事に思い

 

が何度も引き戻されてしまうこともあるのです。時間が進みづらく、心の中が

 

行きつ戻りつしているようなことにもなってしまうこともあります。

 

生きている私たちは、楽しいことで動いているときにはとても時間が早くすぎ

 

てしまいますが、反対に面白くないことや気が進まないことをやっていると時

 

間が長く感じてしまうように、マイナスな事がらには時間が進みづらいと感じ

 

てしまいます。

 

過去に縛られた霊がいると人の感情も落ち込みやすくなってしまうことにもな

 

ります。

 

落ち込んだときに気持ちを切りかえるのは、自分でも他人でも責めないことで

 

す。考えても責めても空回りするほうに時間を費やすだけです。心が進みづら

 

いときにはなるべく外に出て空を見上げる努力も大切です。

 

ご自分のプラスの「気」がマイナス意識を一掃してくれる力も持っています。

 

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返事が遅い人

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

霊的な影響が強くでてしまうと、

 

考えてることと答えることの時間差に大きくことなることがあります。

 

たとえばご主人に声をかけても、数十秒後にならないと答えがこない。

 

返事が遅いといっても、「だから一生懸命考えている」といわれたり、

 

聞こえていないわけでもないが、

 

言葉になることが遅いことも霊的な影響があることも。

 

私たちは今の感覚と思考で即座に答えがでてきますが、

 

霊の意識が強く人の心に入り込んでいる場合には、

 

答えが遅くなることもあります。霊は過去の意識にとらわれています。

 

後ろを(過去)振り返りながら物を考えて答えているような状態でもあります。

 

以前にお会いした方で、

 

「こんにちは」と答えが戻るまで3分くらいかかっていた方もいます。

 

一つの会話をするのに何10分もかかってしまうほどでした。

 

霊的影響がとれてくると、ふつうの会話ができるようになりましたが、

 

影響がでやすい方の中にはこのようなケースもあるのです。

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洋服を次々買いたがる奥さん

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

あるご夫婦の奥さんが、買い物に出かける都度に何着も買ってくるのです。

 

洋服ダンスに一杯になるとハンガーラックを買ってまた洋服を下げて、部屋の

 

壁一面に洋服がかかっている状態です。結婚される前は洋服の買い物ぐせもな

 

かったとのこと。

 

それも買った洋服はほとんど着ていないのです。プライスカードがついている

 

状態のままだったり、ときには買ってきたまま袋も開けていない・・・・・

 

ご主人がこれ以上買わないように話をすると奥さんは

 

「わかっているけど、どうしても欲しくなる」「服を買って服に覆われている

 

と安心感がある。自分でもわからないけど洋服に埋もれていると隠れているよ

 

うに安心できる」ということを言われるそうです。

 

霊的に拝見していくと、お住いの場所にも気になることがありましたが、ご主

 

人と結婚されて苗字が変わられて、守護も変わってきたときにこのお家の抱え

 

ていた負の縁が出てきたようです。

 

もちろん助け(守護も)あるのですが、不成仏霊がもともと霊感がある奥さん

 

に集まってきたようなことでした。不成仏霊がおさまれる場所をつくることが

 

必要です。

 

さっそく遠方のご先祖のお墓参り、ご自宅でのお清め、後継ぎであるご主人が

 

きちんとご仏壇をお祀りすることなどまとめていただくと、奥さんの買い物癖

 

もおさまってこられたのです。

 

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話すことをあきらめて孤独に引きこもらないように

友人とか親しい誰かのことを信頼して、「この人なら、自分のことをわかってもらえる」と思い信頼して心の内を話たはずが、相手の人は特別に気にするわけでもなく、それをまた他の人に話されて、裏切られたような気持ちになったりすることはありませんか?

 

ご自分が信頼して、心を開いて話をしていたつもりが裏切られたような感じでとても悲しいですね。人を信頼することはとても素晴らしいことだと思います。けれどもその信頼の意味がズレてしまうと、よい人間関係が保てなくなることもあります。

 

自分のこころをどこまでゆだねてしまうかが問題かもしれません。

 

人に自分のことをわかってもらえれば嬉しいものですが、反対にわかってもらえなくて当たり前なのだという気持ちでいるほうが楽でもあります。

 

人それぞれ霊界も魂も個性があってこそですから、人と似ているところはあるにしても、一人として同じであるということはありません。

あの人嫌い、この人嫌い」にならないように・・・・・・・

ご自分を心から好きになれますように・・・・・・・・・・・・

ひとり孤独に追い込まないように・・・・・・・・・・

 

自身の気持ちを上手く伝えられずに徐々にマイナス意識に入り孤独に引きこもってしまうことにならないために。

 

 

 

心の健康も大切に

普段私たちは体の健康は考えるけれど、心の健康は以外と考えていないかもしれません。

 

それこそ見えないからですが・・・・・・いつもいつも心が健康かどうかなんて考えたり意識を向けていくことは、気付いているようで気付いていないものではないでしょうか?

 

簡単に言ってしまえば、霊的には、霊体が良い状態で、心が健康であれば体を治せることにもなるのです。ときにはご自分の心と体の状態を俯瞰(ふかん)で考えてみることも大切です。

 

もちろん食事も大事です。

 

しかし、生まれ持った体の状態や抱えてきた因縁と言うか宿命はそれぞれに違いますから、同じ考え方をすれば同じように変わるかというと、それもまた個人によってちがって当然です。

 

みなさんそれぞれの方が個性の違う肉体を持っていますから、考え方や感じ方もそれぞれ微妙に違うけれど、鈍感な人もいれば 敏感な人もいます。

 

しかしそれでも自分が抱え込んできた、または抱えている状態に対して「自分の心」でどう考えてあげるかという、逆発想の思いをもつことは大切です。

 

 

「自分で自分を守ろう」という、気持の努力がなければ守護だけが一生懸命に守っても意味がありません。

 

体の状態はどうかと考えることも大事なことですが、「心の状態はどうかな?」と思いを巡らせてみることも大事なことです。

 

ときには機嫌が悪く、イライラしている自分を 自分の「心」 はどう捉えているかというと、そういうとき 心は 「傷ついているのです」 でもなんとか立ち直ろうとしている。

複雑な心境にあるのです。

 

温かいご自身の心の働きがある限り意識の高い守護もそこにいられるのです。

低級霊について

日常的なことではないですが、

「低級霊、動物霊」といわれたりすることがありますが、我々が思う低級霊の定義は、人は亡くなってから多くの場合はそうですが、順調にいけばまず肉体から霊体が離れます。

 

肉体から離れた自分が「自分は亡くなった」ということを気付いてきます。

気付くと同時に、先に亡くなった人たち(霊)が迎えてくれます。ご先祖父母、友人、守護が共に人生を生き抜いてきたことを心から祝福してくれます。そして霊界といわれる世界に成長した自分が戻っていくのです。

 

けれども生きているときの自分の思いや我欲が強かったり、人への思いやりももたず、ひたすら自分だけの欲にまみれて、憎しみや妬みなど必要以上に強いままに亡くなってしまうと、

 

体は無くしても、悔しい悲しい憎い欲しい恨みなど思う気持ちが強すぎると、生きたときの思いが残り強すぎるがために、先祖や守護が迎えようとしても霊体が帰るべき世界にも戻れずに、長いこと気付かないでいるうちにレベルの低いマイナスと波長が合ってしまいます。

 

「何で自分だけが苦労をしなければならないんだ」「自分さえよければ他はどうでもいい」という世界で、俗にいわれる「地獄」です。

 

自分がどういう姿なのか、愛もわからないし大切にも出来ない。そして「自分は生きているのか死んでいるのか」 それさえもはっきりわからないような世界、そのためにときどき現世で「心の隙」にはいりこんで悪さをしかけたり、体を自分のものだと勘違いして食べたり飲んだりすることも霊現象にはあるのです。

 

「低級霊」と呼ばれる世界の(霊)たちは、このようなことを辿っています。

 

ときには自分の姿がはっきりしませんから、尻尾がはえていたり、目だけがギラギラと光っていたり、動物の姿に化身していたり、いろいろな姿に変化します。

 

肉体がありませんから思いが姿になってしまいます。生きている私たちの生活でも「あんまり怒ってばかりいると頭から角が生えてしまうよ」とか言われますが、人としての冷静さを失ってしまった状態をあらわすことでもあります。

 

低級霊はそれだけ自分が何者かなぜこうしているのかさえ見失っている存在でもあるのです。

 

できたら助けて欲しい、自分の存在を確認したい。そんな気持ちも複雑に入り混じっているから、人を茶化したりする。

 

本物の動物は素直ですが、人がこころを失ってくると人の姿ではありませんから動物に似せた姿をしてくるのです。

 

それでも低級霊は自分たちも迷いの中にいますから説得が効くのです。

心の力と、霊的な力と合わせて説得して浄化させていくために時間がかかることもあります。

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卵食べたいとばかり言い出した子供さん

*事例はご本人のご了承をいただいて掲載しております

卵食べたい

30代のご夫婦が住んでいる家は親の代から受け継いだ土地と家ですが、

ご夫婦とも家に帰ると「暗くて重いような感じがするなぁ」と思っていたそうです。

 

私もご相談を受けて、ここの土地は水神様を祀っていたことがあるので、ご縁のある神社へお参りに行かれるように伝えて、ご夫婦は弁天様へお参りに行かれたのです。

 

弁天様のお使いが竜神様でもあり水神様にご縁があるためでした。

 

家の暗さはかなり良くなってきたのですが、しばらくすると子供さんが日ごろはあまり好きではないはずの卵をしきりに食べたがって、卵焼きでも目玉焼きでもゆで卵でも、

 

「なんでもいいから卵が食べたい食べたい」ということで「どうしましょうかと?」聞きにいらしたのですが、「しばらくそのまま好きなように食べさせておいてください」と伝え霊的に交信してもそれしか返事がないのです。

 

なんだか食べたほうがいいという感じでした。

 

一ヶ月ほどして、母親が弁天様のお礼参りをしていないことを思い出し、生卵を一ケースお供えしてお参りをしてきたのです。

 

それからぴったりと、子供さんのタマゴ食べたいは止まったのでした。

 

龍神様のお供えの一つに生卵があります。

 

今回はその意味もあっての卵、卵騒ぎもありましたが、しばらくは子供さんが食べたいようにしたほうが良いと感じたのはなんだったのかと思うと、

そのころちょうど子供さんはしばらく体調を崩して食欲があまり進まないときに、それも卵食べたいという状況でした。

 

だから食べたほうが良かったのと、当然食欲が下がっていたので卵のような陽性の食べ物が必要だったのだと感じます。

 

偏りすぎてはよくない頃に卵をお供えすることでとまったのです。

さまざまなことがこの世の空間で自然はつながりをもたらしています。

天と地とのあいだに生きる毎日を大切に

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嫁いびりをされてきたお姑さんの葬儀には行きたくない

*ご本人のご承諾をいただいて掲載しております

 

A子さんは、30年前に結婚して子供さんにも恵まれて、一見普通に暮らして

 

いる主婦の方が、ご主人のご両親(義父母)とははじめから別に暮らしてはい

 

ますが、結婚してまもなくのころから、ご主人の実家で親戚が集まっている場

 

で嫌みをいわれたり、台所を手伝っていると、義母の妹が「ぐずぐずしないで

 

早くして!」と言いながら、腕や背中を小突いてきたり、それを見ていた親戚

 

が笑ったり・・・2度3度どころか、常に親戚が「嫁いじめ」のような状態

 

で、ご主人は何も言わず(台所は見ていないけれど)、常にご両親の味

 

方・・・・

 

それでも頑張って、親戚の集まりにはなるべく手伝いに行ったけれど。3年す

 

ぎた頃から、まったくつき合いをやめたのです。

 

ご主人だけときどき実家に帰るくらい・・・

 

A子さんいわく、「さんざんいじめられたから、義父母が亡くなっても葬儀も

 

行かない」とのこと。

 

そう言いながらもA子さんは、まだ考え迷っているのです。

 

この時点で散々に悪態をついた義父母さんは弱り、親戚もすでに亡くなった方

 

もいます。

 

義父母も自力では動けないほど年をとっていました。いまは当時の面影さえな

 

いようにおとなしくなっていたようです。

 

このまま恨みを引きずってしまうよりも、もしものときにはこの家に縁のあっ

 

たお嫁さんとして、葬儀には出られた方が良いと思います。そうお伝えしまし

 

た。

ご自身はできる限り心をつくされてその気持ちを受け取るか受けとらないかは

 

相手の勝手です。

 

その無理をしてみることで、ご自分が受けた恨みつらみを、手放すことも出来

 

ます。

そうでないと、のちのちまで心の中で、怒りや恨みを、引きずってしまうこと

 

も多いのです。

 

考え方はそれぞれですが、相手に伝わらないことでも、ご自分は道理を通せる

 

ことがなによりも大事なときもあります。

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