こわい感情になってしまう

もともと人づきあいが好きだった方が、

 

あるときから

 

人の目が怖い

 

人混みが怖い

 

人と接することが怖い

 

自分の欠点ばかり気にかかって仕方ない

 

霊的なことが原因でそういう気持ちになってしまうことがあります。

 

自信に満ちあふれていたはずなのに、仕事で多忙が重なってきたときに、

 

いままで考えもしなかった人の裏側の気持ちを考えるようになってしまった。

 

病院の薬を飲んでも、この感覚意識が変わらないことがあるかもしれません。

 

これまで物質的世界の自分と内面の世界の自分の霊性が極端に反応をして、

 

霊的な自分と肉体的な自分が一時期バランスを崩し、

 

過敏反応を起こしてしまうこともあります。

 

霊的な気づきの時期が訪れたときに、

 

過敏に反応を起こす方もいますがおそれないこと。

 

報道にまどわされすぎないように

 

今年も昨年から続くコロナ禍で

 

お仕事にも影響が出ている方も多いと思います。

 

昨年少しずつ落ち着いてきた矢先に、

 

Gotoキャンペーンも早々と進められてしまいました。

 

年末年始めげずに頑張ろうと思っても日々のニュースと報道で

 

気持ちも追い詰められてしまいやすい方もいらっしゃると思います。

 

もちろん最大限に気を付けなくてはなりませんが、

 

お仕事も続けなくてはならない方も多いでしょう。

 

しばらくは厳しいこともありますが、

 

今少し気持ちをしっかり守られてご自分の価値を見失わないように。

 

多かれ少なかれ皆さんがコロナ禍の影響下にありますが

 

どうぞ情報に惑わされすぎないように。

 

 

人の悩みが重たく感じてしまう人

人の悩みの中に気持ちが入り込んでしまう人がいます。

 

例えば、友人や知人と話をして悩みやグチを

 

親身になって聞いているうちに、

 

とても相手の感情や感覚意識に入り込みやすくなってしまう人がいます。

 

ときには話している当の本人よりも

 

気持ちが入り込んで、悩まされてしまうことになったりするかもしれません。

 

単純に心配性で考えすぎではないかと思われがちですが、

 

このような方はとても感受性が強く霊的な感性があることが多く、

 

人の気持ちが伝わりやすいのです。

 

人の世界も霊的な世界も思いの意識につながります。

 

一人に解放されたときには、気持ちを切り換えて深呼吸!

 

聞かされた悩みやグチを「吐き出して」

 

新しい新鮮なやさしい空気を「吸い込んで」切りかえて、

 

そしてお参りや森林浴ができたらよいですね。

 

気を入れ換えていけますように。

 

徳を積むのもそれぞれに

 

コロナ自粛の前のことですが、混雑しているラッシュ時間帯に新宿駅の構内を

 

歩いていると、先を急ぐ男性が「すみません」の一言もなく人を押しのけて

 

ズンズン先を進んでいきたことがありました。押しのけられた人たちは皆あっ

 

けにとられるほどの勢いでした。

 

そうかと思うと、横のほうの階段から降りてきた背の高い大学生くらいの若い

 

男性が急ぎ足で来たので2、3人の方とぶつかってしまいましたが、見ている

 

とこの学生はきちんと止まり「すみません、ごめんなさい」と一礼してから去

 

っていきました。

 

対称的な出来事でもありましたが、後者のようにきちんと謝られるほうが、ぶ

 

つかられた方も気分がよいのは当然です。

 

人の本質がそのままにあらわれてくるのは究極追い込まれたときにでてくるも

 

のかもしれません。

 

他人を助けたり善い行いをすることを「徳」を積むという言葉がありますが、

 

きちんと謝るべきところで謝れるという何気ないことも徳は積まれてくるもの

 

だと感じます。

 

徳は現金ではないので一円の利益もないかもしれません。

 

けれども天に徳を積んでいくようなことなので、いずれ巡り巡って人から助け

 

が増えたりという運も戻ってくるものです。

追いかけられたり追いかける夢

追いかけられる夢はいくつかの理由がありますが、

 

・現状の中に焦りがあるとき

 

・課せられた重圧から逃げたい、または逃げているようなとき

 

・忙しさからのストレスで不安が溜まっているとき

 

・目的や目標から離れていく状況を含んでいます。

 

人生は一生懸命に積み上げられていく問題を日々の生活でこなされて行かなければなりませんから、

 

その中で気付かないうちに目標や試練に立ち向かっているはずの自分が、

 

逆に追いかけられているような状態を霊的な存在が夢という形であなたに伝えてきているのです。

 

霊性と霊的守護があなたを精神的な側面の一部を、つなげて支えている事を、心に力強く働きかけてくれるために夢という存在があるのだと思います。

 

反対に何かを追いかける夢は、ご自分の目標に向かっていることは確かですが、追いかけても追いかけても手が届かない、

 

たどり着けないような場合には、思いと、気持ちと現実がともなっていないことになります.

 

将来の希望に向かっていくために気持ちを再確認して安定した自分を取り戻していくように霊的なメッセージも込められています。

 

追いかけることは正義をあらわされていますが、追い続けてももしドンドン引き離れていく夢ならば、

 

いまは無理に追い続けるべきではないことを示唆しています。

 

ゆめは間違った方向へ行かないためのメッセージでもあります。

               

気の流れのよいところへお詣りに行く時に起こることも

*ご本人のご了承をいただいて掲載しています

ある女性の方ですが、

 

久しぶりにお参りと旅行をかねて少し遠くにでかける予定をしていた時に、

 

出かける数日前に急におできのような腫れがでてきたり

(一日で腫れも引いたのです)

 

有休をとっているのに仕事を入れられたり(もちろんお断りして)

 

お出かけ前に小さな問題が次々に起こる中、やっとの思いで行きたかった神社

 

を巡り参拝でき、いつにない強いエネルギー、

 

神気を感じて来ることができたそうです。

 

けれども旅行中は「雨風もすごく、修行かしら?と

思うほどでの参拝旅行だったのですが、

でも急に晴れたりと、とても気持ちのよい神社でした」

 

そういうご報告でしたが、とても明るい方ですが、

 

ここ数年はとても大変なことの連続でしたから、

 

になる前から浄化が始まっていたようです。

 

雨風も強い中での参拝も気持ちが洗われるように心地よく感じられて、参拝後は晴れ間も出てくるほどのお天気の変わりようでしたが、そのすべてが清々しく感じることができたことが素晴らしいことだと思います。

 

お疲れも出たでしょうが、行きたいと思っていたところへ行けたことと、

 

神気を感じられて、これまでの浄化されたこと。

 

一つも二つも乗り越えて さらに 次へ再スタートです。

 

雲の流れに癒されて

時々空を見上げてみます

 

町を歩いているときも

 

思い出すと空を見上げるようにしています

 

高原でも出かけてゆっくり空と大地を感じられるとよいのかも

 

しかし今の自粛の日常ではなかなかできないですから

 

どこでも空を見上げてみます

 

雲の流れを見ていると

 

澄み渡る青空のときも

 

覆う雲が空の青さをまったく隠しているときも

 

また小さな雲がゆっくり動いているときも

 

上空の風が強いのかものすごい速さで雲の動きが流れ

 

次から次に姿を変えていってしまうときも

 

浮かんでいるように青空の中に雲がひとつ

 

長いこと同じところにある日はおだやか

 

心の流れと「似ているな」と思います

 

同じ動きではなくて似ているけれど違う

 

いつも同じ花を見てもとてもきれいと思うとき

 

ただそこにあるだけと認識しているだけのとき

 

こんなにきれいなのだと感じる雲を見ながらふっと自分につなげるひととき

 

空を見上げてみることも

霊的な影響が出ていたお家

いまから40年も前のことですが、

 

知人の実家に一度遊びにお邪魔したことがありました。

 

そのお家は少し郊外のところでしたが、曾祖父さんの時代からその土地で庭石

 

や墓石の販売をしているお宅でした。

 

広く大きな家でしたが、大家族で、

 

とても忙しそうでとても和やかなファミリーでした。

 

ところがその家に泊まった晩に、眠れない一晩になったのです。

 

2階の一部屋に通されて眠ろうとすると、部屋のタンスや天井から、

 

すさまじいほどの音で「バキッ! バシッ!!」と音がしてくるのです。

 

再度眠ろうとしても今度はヒソヒソと人の話し声と、

 

悲しそうな泣き声が聴こえてきたり、

 

霊の影と姿がちらついて、なんだかとても落ち着ける状態ではありません。

 

もちろんその部屋も隣の部屋も誰もいません。

 

家のお仕事が墓石の販売をされていましたから、心を持って対処しなければな

 

らないご商売でもあり、いろいろな霊との関わりも強いはずです。

 

翌日知人に家の仕事柄、お参りをしたり供養や清めを続けたほうが良いという

 

話をしましたが、

 

ほとんどとりあってくれませんでした。

 

まだ私も霊的な仕事をしていませんでしたから

 

それ以上お話しできませんでした。

 

立派な神棚もありましたが、おそらく先代からのもので、

 

いまはあまり大切にされていないしお掃除もされていない状態が

 

一目でわかります。

 

浄化される力がありません。

 

その後そのお仕事は後継ぎがいなくて、ご商売をやめたのですが、

 

そうなるべく要因があったのですから仕方がないかもしれません。

 

それでも代々続けてこられたのは、ご先祖からの徳もあったでしょうし、

 

その前の代までは神様のお祀りもきちんとされて守られていたのです。

 

神霊に携わるお仕事の方は特に大切になさることでよき巡りにもなるのです。

嫌われていると思いがちになる人

他人から「嫌いわれているとか、自分は良く思われていない」と思いがちにな

 

ることもあるかもしれません。

 

受け止めてしまう感覚が強すぎてどうしても悪いことにばかり

 

意識がつながってしまいがちになりやすくなったり、

 

ご自分を常に責めてばかりになってしまいます。

 

自分は相手から嫌われて憎まれていると思い不安を抱えてしまったり・・・。

 

自分が辛くて抱える問題や悩みに辛くて、

 

太刀打ちできないことが続いてしまうと、

 

心も霊的にも弱っていますから

 

余計に過敏に受け止めてしまうことになります。

 

感受性が強い方は物事をとても深く心の痛みで受け止めてしまいがちです。

 

また誰かに恨まれている、嫌われている、

 

呪われているのではないかという思いが強すぎて

 

悩まされているケースの場合、問題点の発生したままの

 

過去の時空間に霊的な心が留まってしまっているのです。

 

いつも人の言動や霊、生き霊に悩まされてしまう場合には、

 

見ないものの影響も考えたほうが解決の糸口にもなりますが、

 

あくまでも他人に支配してもらうのではなく、

 

自身の魂も心も他の誰のものでもありませんから人生までコントロールされな

 

いように。

 

感情を動かされないように。

自らを大切に好きになること。

 

自粛により街が静かな日が続いています

不要不急 以外の多くの方はご自宅にいらっしゃるのですから

 

いつものように出かけたくても出かけられないのが現実です。

 

パンデミックにより行動制限されることは初めての経験です。

 

時間を持て余されたり、このような時だから家の片づけをしたり、長い間読め

 

ずに本棚の飾りになっていた本を読み始めたり、

 

日々時間との追いかけっこで、時として時間に振り回されていた自分をリセッ

 

トするように自然と自分心の対話も増えてきます。

 

日々目的をもって動くことの大切だったこと

 

いつも楽しむ友人との食事や会話

 

いつもできることができない。

 

反対に家族と過ごす時間が増えて、会話ができたり。

 

一緒に食卓を囲む回数が多くなっているでしょう。

 

いつもできることができない反面、いつもできないことに

 

今後の社会への不安も生じてくるかもしれませんが、

 

自粛から解放されてもしばらくは世界的な経済の落ち込みも出てくることに

 

ますから安定してくるまでには時間がかかってきます。

 

世の中の巡りがこれまでとは変化してくる時代に

 

私たちは出会っているのです。

 

あらたな価値観はこれまで陰に隠れていた才能や輝きを見出してくることにも

 

なってきます。

 

人の意識も高まってきますから、欲だけで動かされるよりも、心地よい生き方

 

を選択していく方向に進んでいくことにもなってきます。