日々の生活の中にも霊的なメッセージが満ちています

 

ご自分には霊的な感覚がないと思われている方がいるかもしれません。

 

その感性は誰にでもあるものですし、

 

私たちは日々感覚が研ぎ澄まされているから

 

危険を回避して毎日を暮らせてもいるのです。

 

守護もされています。

 

そして日常の何気ない事にもメッセージはあふれています。

 

朝目覚めたときにも一番で頭に浮かんだことも大事にして下さい。

 

例えば今日は実家に連絡してみようと思ったら

 

後回しにしないで連絡してみたり、

 

たいした用事はないかもしれませんが、

 

つながりはおろそかにしないことです。

 

現実的なことも霊的なこともつながっています。

 

友人知人と会話したりしているときに

 

相手のひとことがとても気になったり・・・

 

何気なく手に取った本や雑誌、

 

目にしたり、耳にした言葉に

 

一言がとても気になって自分も気をつけておこうとか、

 

街で目に付いた広告や言葉が

 

心に印象的に残ることもあります。

 

それはご自分にとって意味のあることが多いこと。

 

何度も同じようなことが気にかかるときには

 

自分にとって必要とすることが含まれていて、

 

守護からのメッセージでもあります。

 

日々日常の中で、

 

心に浮かび伝わることにも大きな意味が含まれています。

 

小さなことも大切に見逃さないように

 

カルガモ親子

子供なりに笑ったふりをして無理に皆に合わせていた

 

お子さんは大人をよく見ていますし気も使っていますが、

感性が強いお子さんでしたら友達と遊んでいても

なんとなく皆と同じようにおもしろく笑えない。

 

子供なりに笑ったふりをして無理に皆に合わせていたり。

 

小さい時から人の気持ちを察してしまいやすく

感情が伝わってきてしまう事もあります。

 

大人の人にもなんとなくだけど、この人はどう思っているとか、

やさしいことを言ってても、すごく怒っているなとか・・・・

 

気になりすぎてしまい、だんだん友達と遊ぶのも嫌になって、

学校にも通いずらくなってしまうこともあります。

 

人嫌いではないですし、家族とも仲良く話せる、

人が思っていることと行動が違う人がいることもわかる。

 

感受性が強すぎるために、怖がりすぎてしまっているのです。

 

たとえばある特定の人と会うと、

体が重たくなったり、威圧感が強くて疲れたり、

 

そういうときにどうするかを考えておくことが大事です。

 

ただ感受性が過敏な場合と

霊的な感受性が強い場合とタイプは違う事もありますが、

 

余りにもたくさんの物事を感受してしまうと疲れすぎてしまいます。

 

気の変わることをして

整えていくことを必要としています。

 

お子さんがとても過敏な体質だとしたら気分転換をしてあげることも大切です。

 

その人によって落ち着くところは山が良いとか海が良いとか異なりますが、

お近くの公園がほっとするなど人それぞれです。

 

より良き人生でありますように

富士山元宮 山宮浅間神社

「霊より生きている人間のほうが怖い」確かにそうだけれど霊も怖い

ご本人の了承をいただいて掲載しています。

ご主人と二人暮らしのB子さん(60代主婦)のお家では

真夜中になるとときおり誰もいないリビングルームから

テーブルや椅子を引きずっているような音がするのです。

驚いてリビングに見に行っても、

もちろん誰もいないし何もおきていない・・・

 

そういうことが続いているときに

ご主人に「いつも音がしても誰もいないし、怖い!

 霊だったらどうしましょう怖くて眠れない・・・

たまにはあなたが見に行ってきて欲しい!」

そう訴えたのですが、ご主人は「霊なんているわけがない、

見えないんだからどうしようもない、放っておけ! 

ほおって置けばいいんだ!」と無碍に突き放されます。

 

そして奥様が「とても怖い、怖くて仕方がないと」言っても

ご主人は「この世の中で1番怖いのは生きている人間だ、

こんなことぐらい放っておけ!」と言って

ご主人は何事もないように無視してまた眠ってしまうのです。

1番怖いのは生きている人間と言われたのは

散々いろいろ体験されてきたご主人の名言でもありましたが、

 

奥様は怖くて仕方がないのと階段を歩く足音や気配も増してきたため、

霊的な相談したいとご主人に話すと

「勝手にしたらいい」と言われたそうです。

お家のお清めにもお伺いしましたが、

周辺のお宅でも現象的なことは起こっているようでした。

お向いのお宅は庭も荒れ放題で隠れるように住んでいたり、

よくお塩を玄関先に盛っていたりするお宅もあるのでした。

 

いまは住宅街ですが、このお宅は山の少し上のほうにあるのですが、

昔は山を越えていく時に見張り所のようなところだったようです。

敵が通らないか隠れてみはっていたりと

交代で行われていたような場所でした。

昔の情景などエネルギーが強いところは霊的にも

現象が起こってくることもあります。

 

現在住んでいる方に迷惑はかけていない

違う次元で存在しているのですが、

やけに音が強くなったりと物質世界に影響もできたので

浄霊していくことで音も収まってこられたのでした。

 

 

霊的な相続のことについて

 

お家の財産を相続をされるのはもちろん相続権のある方ですが、

土地であったり、金銭の相続だったりそれぞれです。

 

「親が喧嘩ばかりしていたので、霊的にも因縁も相続することにもなると怖

い」と言われる方もいます。普通はそれほど問題は起こりません。

 

因縁めいたお家で一番問題がでやすいのが、

相続の段階で、誰がいくら貰うとか、

自分だけのものだとか、非常にお金に貪欲になるご家族がでて

揉め事になったりする場合もあります。

 

遺言書もないのに、遠くの親戚が、

自分がお金を貸したことがあるから、財産分けしろなどど

訳のわからないことを言う人がいることが因縁でもあります。

法的に対処すれば現実的なことは解決されていくことができます。

 

 

相続は霊的にも受け継ぐことも多いですが、

もめ事もなく、穏やかな相続な場合には問題はないのです。

受け継いだあとにどうするのかの方が大事です。

家の因縁もなにもかも受け継ぎたくないから、

いらないー、と避けることよりも、もし相続されたら、

今後最低限に必要な金額はいただいて、

それでももしご自分にとって多額すぎて、

人生が狂わせてしまうほどなら、一部寄付していくことだってできます。

 

さまざまな活動で、資金が足りないところは山ほどあります。

お金は正しく使っていかれることで、

生かされたものに変化します。

ある方は、相続をされて家と土地は大事に住むことにして、

家賃が必要なくなった分、遊んでいるより充実させたいと思われて

ボランティア活動を始めた方もいます。

使い方次第で生かせるものであれば、因縁を引きずることはありません。

 

 

人生のメインテーマ

 

 疲れ果てた末に気が抜けて落ち込んでしまったときに、

ふっとこのまま人生が終わってしまったら

ひどく淋しいだろうなと感じることがあるかも知れません。

 

人生が終わるも何も、体は何とか元気でいるにもかかわらず・・・・・。

 結局そんなときにはまだまだベストを尽くしていないことが多く、

それこそこのまま霊的な世界に戻ったときに

やり切れない思いにかられてしまうことになるのだと思います。

 

 どれほど怠け者な人生だとしても、

自分なりに生き抜いていく努力に対して心を傾けて、

できうる限りの行動をしてみることです。

 

 人の意見を参考にしていくことは必要ですが、

他人の言動に惑わされたり気にしすぎたりして、

考え方が空回りして余計に思いどおりにならなくなることもあります。

人生は与えられた事柄でもありますが、

自らの意識が出会いと進化を求めてきた結果でもありますから、

 

つい人と比べると他人のほうが

もっと自由に生きているように感じられますが、

それぞれの人が人生のメインテーマを携えて生き抜いていくのです。

 

人と比べることは悪いことではありませんが、

人のペースではなくマイペースを見つけ出すことが大切です。

魂のメインテーマは、生まれた環境と肉体と考え方とが

葛藤しながら自分のテーマを導き出していきます。

 

 

ご先祖とお墓と供養

 ご先祖からのつながりで我々は現在があります。

供養のやり方は宗教的にもいろいろです。

先祖がつくったお墓がある場合。旧家なので代々お寺の檀家として大切に継いで守っているお家。

 

また、祖父母の代から違う土地に出てきたために先祖の墓がどこにあるか知らされないまま、新たに父母の墓が霊園にあるのでお盆にはお参りはしているなど・・。

このようにさまざまなケースがあります。最近では少しずつ変化してきており、どのようなご供養が適切なのか、またお墓も必要がないという考え方で、

散骨を望まれたり樹木葬や合祀墓と余り形に捉われることなく自然にありたいと願う人も増えています。やはり個人の遺志を重要視することが大切です。

 

 檀家制度は江戸時代に始まって以来、形骸化されて霊的な世界に旅立って逝かれたご先祖への思いや供養をお寺に託していくことになり現在に根付いてきました。

立派な戒名をいただき、墓も建立し、お坊さんにお経を読んでいただいて先祖を大切に敬い供養することも受け継がれてきた、きれいな供養の方法の一つだと思います。

先祖を介して過去を供養していく思いは現世の家運繁栄にもつながりますし、先祖も守ってくれます。

それでもただお金をかければ良いというものでもなく、先祖を敬う気持ちや感謝できること、亡くなった方へ供養の思いが大切です。

 

生きている側からすると亡くした父母や兄弟への思いや記憶は特に新しく、つながっていたいという気持ちの表現がお墓の姿になることは古代からありました。

 

宗教的な問題は現代ではこれもまた自由です。先祖や父母を思いやり供養をすると考えるなら、いま私たちは先祖から身体と遺伝子を受け継いでいるわけで、これ以上どうやって供養をしたらよいかと悩むよりも、

自分自身を大切にして生き抜いて人生を守っていくことが最高の供養でもあります。

それすらも粗末に考えていたら、たとえどんなに偉い僧侶に拝んで供養していただいたとしても、立派なお墓を建てたとしても気持ちが伝わらないのと一緒です。

形だけお線香だけ焚いていればそれでいいということになってしまいます。

直接血のつながりのない養子の人でも、先祖を守っている人もいます。

どちらにしても「縁」でつながっています。

 

本当の供養とかを考えていきますと、自分という存在が過去から受け継がれてきた、そのことに関して否定をすることなく、自身の過去を肯定し、受け入れることを思惟していかなければなりません。

 

 幽霊と言われる意識体が強いものはいまだ存在しています。供養して欲しいものが訴えてきたり、人の意識に入り込んできたりします。

お盆やお彼岸など霊的な現象も多く起ってくることもありますが、今後霊的な世界と人間界は非常にリンクしやすくなってきますから、物質的なこだわりの供養から形はシンプルでも魂魄を込めた供養にもなってくるのだと思います。

ご自分自身も大切に

 

 

 

人がいつも自分のことを噂している

※ご本人の了承を得て掲載しています

A子さん(30代)は生まれ育った東北地方から首都圏郊外に住み始めたころから、

A子さん「自分が歩いていても「バ〇」とか「お前のせいだ」とか言われたり、電車に乗っても、自宅にいても、窓の外から人が罵声をあげていくのです。

「だからお前はバ〇なんだ」「この野郎」といった内容ですが・・・・、

常に悪口を言われているのがたまりません。

職場でも後ろで私の悪口を囁かれていたりします。

 

みんなが私のことを知っていて、どんどん噂が広まっていく気がします。

そばにいる人にも聞こえてしまう大きな声なので、

私が変に思われているのだと思います。

聞こえてくる声が同じ声かは定かではないですが、必ず男の声です。

 

本気で自分が怒って相手に言うと

何も話していなかったりしたこともありました。」

 

A子さん現実の声か、霊的な声か

見極めがつかないほどリアルな体験されています。

 

まず聞こえてくる現象は、特に街中では直接話をしていない見ず知らずの人とすれ違ったときですら起こっているのですが、

人間的には出会うすべての人たちががバトンタッチで

A子さんの悪口を世間にふれ回るわけではありません。

そこから冷静に受け入れていきましょう。

 

それでもA子さん自身には声も聞こえ悪口を言われるのが

はっきりと聞こえてきているのは事実ですから、それも受け入れましょう。

まずは受け入れて考えていく努力をしてください。

その声が聞こえているときの状況に素直に気持ちを向けてみると、

人の会話ではないことがわかってくると思います。

 

職場でも言われるときは、A子さんの後ろで

大きく聞こえるように言われるとのことですが、

結局直接A子さんに話してはいません。

 

聞こえてきているのは「霊聴」なので、

同じ場所にいる人でもその声はご本人しか聞こえていないのです。

まずそのことから理解をしていくことです。

 

(仮に五人で同じ場所にいても、霊感の強い人しかお化けを視ることはないのと同じですから、A子さんに聞こえる「男の声」は他の人には聞こえていません。) 

 

霊的に気になるのは故郷から首都圏に越して来てからということです。

いまの住まいに問題があるようには感じられませんが、いろいろお話しているうちに故郷の実家の近くに大勢の人を供養した塚があることがわかりました。

 

*A子さんの実家は山奥のほうで、昔は鉱山もあり多くの犠牲者を出したところでもありました。

実家の墓所の近くに犠牲者を弔う塚もやはりあったようですが、

この家の人が塚の供養をすることがなくなっていたのと、

A子さんがご実家を出てしまうと、

いまは誰も住んでいないためにこのような形で現象が起きた(知らされた)のです。

 本来は、できないものはできないし、

人は同じところに住み続けていくわけにはいきません。

常識では確かにそうですが、この聞こえてくる

「罵倒する声」の場合は亡くなった人の意識そのもので、

特に罵声を浴びるような言葉がとても多く聞こえてきていることが気になり、

探ってみると、彼ら(亡くなった人たち)が

鉱山で働く中でかなり現場で罵倒されてきた感覚が強く、

亡くなっても、悔しさでその意識が強く残ってしまったのです。

 

先祖の墓地の近くに供養塚があっただけで

A子さんとは直接的には関係がないようにも思えますが、

どうもこの鉱山の採掘の指揮に当たっていた人物が先祖にいたようなのです。

 

A子さん本人が子供の頃にそんな話を聞いたことも覚えていました。

 そのようなわけで、実家に一度戻って供養をしてくることで、

声が聞こえることはかなり軽減され、時折耳鳴りがするようなときには、

部屋でお香を焚く程度でおさまるようになりました。

 

ただいままでのように、人に何か言われるのではないかという思いが

強く残って不安が消えるのに少し時間がかかりましたが、

もともと感受性が強いので自分で意識を下げていくことがないように、

不安を持つことよりも自信を持つことへと転換して

物事を受け入れるように伝えていきました。

 

 自分という存在のオーナーは自分であり、人生を引っ張るリーダーも自分自身でしかありません。過去の現象にいつまでも自身の大切な時間を奪われないようにしていくことも大切です。

 

 

 

母親が亡くなってからの出来事

 

もう30年以上前のことですが、私の母親が50代で病気のため、

3ヶ月弱の闘病生活の後に亡くなりました。

 

葬儀も終わり、いろいろな準備であわただしく動いていましたから、

悲しみに浸る時間もなく2、3日が過ぎた頃、

気がつくと胸が苦しいことに気がつきました。

 

胸が苦しく息苦しかったり少し楽になったりの繰り返しが続き、

看病や葬儀で疲れたのかと思っていました。

 

体を休めるためにも何もしないで寝ていようとするのですが、

呼吸は浅くなるし、余計苦しくて気持ちまでつらく悲しくなるのです。

 

自分が感情的になっているのかとも考えましたが、

母親の死は悲しいながらも受け止めているのに、

それでも気持ちのやり場がないような感じです。

 

母の霊が近くにいることもわかりましたがそんなとき、

夢うつつの状態で母親が入院中のベッドに寝ている情景が鮮明に見えたのです。

はっきり目覚めたときに、この苦しさは亡くなる前の母親の状態なのだということがわかりました。

 

ただ母親の霊的意識が迷っているのではなく、

早く亡くなってしまいもっと話したいことがあるようでしたが何もしてあげられないということに、つらさを感じていたようです。

 

訳あって別居して暮らしていたのでその思いが意識として強くあるために、

伝わってきて同調したのです。入院中の意識も記憶に新しく、

苦しい感覚が残っていても肉体を離れているので

体の辛さ重さは解放されてきます。

つらく悲しいのは思いの意識です。

私は大丈夫だからと霊に伝えて祈り、

初七日も過ぎたころ楽になってきたのでした。

 

お身内の方を亡くされたときに、

つらさや苦しさなど伝わってくることもありますが、

亡くなった事を理解されている霊でしたら

初七日や四十九日も過ぎてくると霊も肉体の感覚から離れてきます。

 

それまではこの世に思いが残っても仕方のない時期なのかも知れませんが

あまり長い間続いているようですと

少し問題を抱えていることもあるかもしれません。

 

 

お稲荷様 白狐さん T子さんの話

ご本人の承諾を得て掲載しています。

T子さん(40代主婦)は最近疲れているせいか何となく落ちこんでくる。

とくに大きな悩みでもなく、いつもと同じ日常の中で

 

だんだん落ちこんで鬱のような心境でした。

それでも仕事にも行けるし家事もできる。

けれどもだんだんと、とても落ちこんできて、

 

そのうちに仕事のとき以外では首も下を向いてしまい。

考えることもマイナス思考ばかりで何もおもしろくないし、

心の中が日々ネガティブになってしまう。

 

そんなある日、T子さん自分の右肩に白いものが見えた気がして、

はじめは気のせいかと思って確認するとまたも白いものがみえる。

 

顔だけでしたがふっくらした白狐の顔が見えるのでした。

そういえば毎年行っていたお参りに今年お詣りに行ってない!

事を思い出しました。

 

T子さんご家族はご主人のご実家を手放して引っ越しをしました。

手放したご実家の土地では周囲も

お稲荷様を祀っているお宅も多かったのですが、

しかし時代と共に敷地にあった外宮も無くされて、

のかわり毎年きちんと本社へお詣りしましょうという話しをしていました。

それが今年はいけないまま忘れていたのでした。

T子さんがだんだん落ちこんできていた理由なのです。

 

ようやく思い出して参拝に出かけたT子さん、

早速ご本殿でお詣りして、気持ちが晴れてきて

落ちこんで下を見ていた気持ちも

首も上に上がってきたのには自分でも驚いたそうです。

 

いくつもあるお社の中に自分の右肩にみえたのと同じ

姿をした白狐のお社がありました。

 

今回はご祈祷も受けて、これからは忘れないように

年一度は参拝に来なければと思い帰路についたのです。

 

※ご先祖代々家の氏神様として恩恵を受けてきた神様を

形は違うかもしれませんが大切にしていくことが必要なこともあります。

 

 

 

夢の一つに入浴やトイレで排泄をしている夢というのもあります。

 

夢から覚めても、

排泄している夢の中の自分が

恥ずかしいような気がする方もいるかもしれません。

 

けれどもこの夢は霊的なことを現していますし

浄化されている夢ですから心配しなくて大丈夫です。

神社にお参りにいったり、

先祖のお墓を訪ねたりしただけでも浄化の夢をみることもあります。

夢はスピリチュアルなメッセージです。

 

特に浄化を表している場合

そのメッセージを排泄などで現わされたときには

霊的な浄化でもあり、わかりやすいメッセージのひとつでもあります。