夢の一つに入浴やトイレで排泄をしている夢というのもあります。

 

夢から覚めても、

排泄している夢の中の自分が

恥ずかしいような気がする方もいるかもしれません。

 

けれどもこの夢は霊的なことを現していますし

浄化されている夢ですから心配しなくて大丈夫です。

神社にお参りにいったり、

先祖のお墓を訪ねたりしただけでも浄化の夢をみることもあります。

夢はスピリチュアルなメッセージです。

 

特に浄化を表している場合

そのメッセージを排泄などで現わされたときには

霊的な浄化でもあり、わかりやすいメッセージのひとつでもあります。

 

 

心に悔やまれて残る反省は自分を苦しめるばかりです

*ご本人の承諾を得て掲載しています

過去の出来事がいつまでも心に残ることもあります。

ただしどこまで過去に縛られてしまうのか、

人を恨まずに自分ができなかったことを悔やんだり

長い間責め続けていても、

自分を責め続けていることになって、

いつまでもその意識から抜け出せずに引きずってしまいます。

60代の主婦Aさんは、お仕事も辞めて10年前に

ご主人の母親(義母さん)が病気もあったので

ご自分たちのお家で同居することになりました。

食事のお世話もカロリー計算も必要な義母さんに、

Aさんは毎日一生懸命に介護されていたのですが、

もともと口の達者な義母さんは、

ことごとく食事のこと、

やることなすことに小言を言われたり、

息子であるご主人にはやさしく接しても、

いちばん世話をしているAさんにはいつも厳しい。

 

数年がんばったある日、

Aさんはもう自分では介護できないことをご主人に話したところ、

これまでの状況を見てきたご主人も理解してくれて、

施設に入ってもらうことにしました。

それでも施設に入ってもご主人が面会に行くと、

そこでもAさんへの恨み言が義母さんが言っているようで、

Aさんには面会に行かない方が良いと言ってくれたのです。

ご主人の他のご姉弟たちにも

Aさんのことを悪くしか話さなかったそうです。
3年ほどして義母さんは亡くなり、

義母さんのお位牌やご供養はAさんご夫婦のお家ですることになり、

さんは毎日お花お線香、お供えを欠かすことなくされていますが、

それでもAさんは自分がもっと義母さんにやってあげれば良かった。

なぜ追い出すように施設に入れてしまったのか、

もっとこう仕上げたらああしてあげたら良かったのではないか、

どうしてできなかったのだろう・・・などなど
苦しい反省ばかりでAさんは苦しんでご自分ばかりを責めていました。

確かに義母さんにとって息子のお嫁さんであるAさんのことが、

初めから気に入らなかった感もあります。
嫁姑というものはなかなかむずかしいお宅が多いものです。

ただAさんはご自分を責めすぎて、心身ともにまいっていたのと、

何もAさんだけが悪いわけではありませんから、

もっといろんな力や支えや協力が必要だったのです。

Aさんに介護を任せて他の義姉弟は無関心でした。

義母さんはもう霊的な世界にいますから、

生前の気持ちが徐々に薄らいできています。

ですから義母さんが恨んで取り憑いていることもありません。

そういう事もご説明したのですが、
それでもAさん「もっと面倒見れなかったか、

私が小言にガマンできなかったのがいけなかったのではないか・・

私が悪かったのではないか」
そう繰り返しては苦しんでいらっしゃいました。

 

これではご自分をいつまでも縛り付けて
自分でおまえが悪いと鞭でたたいているようなもので

いつまでも心が痛いままです
過去はできる限り心から手放して記憶は残りますが、

執着にならないように、過去は学びです。

やさしいAさんはボランティアもされたり、

ご家族のことも大切にされてきました。

義母さんのことは、お寺で護摩木でご供養をしていただき

Aさんの思いを込めて、

これで義母さんと心の仲直りをしていただくように

参拝していただくことにしました。

 

「一つ区切りをつけることで気持ちが解放されたようです」とおっしゃっていました。

Aさんはがんばって日々を前向きに過ごされています。

生きると言うことは、乗り越える問題が次々とありますが、

どう思いどう乗り越えていけるか、

乗り越えた後に思い残しがないように

できる限り一生懸命になさって来たのですから

苦しみ過ぎないように 

良き日々でありますように

 

霊感が働く方は人の思っていることも感じとってしまうことも多いのです

霊感でもちろんすべてを感じ取るわけでもないのですが、

一度思いこんでしまうと相手は絶対にそう思っているに違いないという方向にいってしまい、

エスカレートしてしまうと想像でつくり上げてしまうことにもなりかねません。

 

相手のイメージをつくりこんでしまうと、

こうではないかあーではないかと思いを巡らしすぎてしまったり、

自分のことを考えるよりも人のことばかり考えこんで

身動きがとれなくなってしまうこともあります。

 

そういう時間はただただ苦しい。

そして楽しくありません。

それに相手が変わるのかというと変わらない、

唯一変わる可能性があるとはっきりしているのは自分だけです。

 

思い続けるか思いを手放すか・・・・・

思いだけに心を巡らせるのではなく、ご自分がいまここにいることに、

小さな幸せと感謝を常に感じようとすること。

 

つまらない一日でもどれほど幸せなことであるかは、

大震災などで住む場所も追われ、

不自由な生活を強いられる方々をみればよくわかります。

 

つらい人がいるから我慢しようというのではなく、

「しょげていたら、自らをもっと追い込んで留めを刺して起き上がれない気持ちになってしまうよりも、

自分を苦しめている考え方をほんの少し切りかえてみることも大切です」

 

それでも人はいまあるところよりもより幸せな明日を望みます。

よりよい明日を望むからには今日の笑顔が次の笑顔を生み出してくれます。

感が強くても、相手のすべてが読みとれてわかるわけではありません。

 

特に悪いほうばかり気になるときには欠点以上に評価が厳しくなります。

悪意はなくてもそれこそ箸の上げ下ろしひとつにも

すべてが感に障ってくるかもしれません。

マイナスの連鎖を引き起こさないようにご注意。

 

 

 

つらい

つらいときはっきり原因がわかっているときと、

原因がはっきりしないつらさがあります。

 

原因がはっきりしなくても、

ちょっとしたきっかけで「つらい」という気持ちの落ちかたを

してしまうこともあります。

 

自分の心が自由を失ったように「つらい」。

病院に行くほど問題なく生活はできるけれど「つらい」。

 

そのような心の状況下に霊的な影響がかかわっていることもあります。 

霊的といっても霊だけが憑くという原因だけではありません。

心の深い部分はご自分の霊魂でもあります。

 

「つらさ」は霊的な自分と、

肉体的な自分とのバランスが少し乱れているときかもしれません。

たとえば人間的な肉体の自分は「こういう生き方をしなければいけない。

 

あれもこれも欲しい、まだ足りない。」などと思っているとしても、

本体である霊的な自分はそこまで望んでいないし

本来の生き方をはずれようとしている考え方を

引き戻そうとしているかもしれません。

 

「つらさ」に疲れたら、なるべく上を見上げて

心と向き合える空間と時間をつくってください。

人と比べすぎないことも、人の言葉にとらわれすぎないことも大事です

 

 

おみくじはメッセージ

神社やお寺で何気なく引いてみたおみくじの内容も

 

必要なヒントであることが多いのです。

 

吉凶にこだわりすぎないで内容を大切に受け止めてみてください。

 

おみくじの言葉に心を傾けるかは気持ち次第ですが、

 

何度か読み返してみると気づきが出てくることもあります。

 

おみくじだけに限らず、日常の中でとても気になる言葉をきいたり、

 

何気なく開いた雑誌や本に書かれていたことが気になって考え方を変えてみようとか、

 

いつもは行かないところへでかけてみるきっかけとなったりすることもあるかもしれません。

 

日常でも、ご自分が知りたいと思うことなどが自然に情報として巡り会ったり、

 

人から話をきいたりして疑問が解けることもあるように、

 

ご自分が強く思うことが、形を変えてヒントや答えがやってくることがあります。

 

日常の小さなことにも心を傾けて大切になさってください。

 

出会われたことを大切に。

 

編集または更新する画像をクリック

アイキャッチ画像を削除

お守りが身代わりになり守ってくれることも

神社やお寺でいただいたお守りは持っているだけで安心できますし、

守られていることに意識を向けることもできます。

身につけていたお守りが切れたり、

いつの間にか無くなったりしてときには身代わりの役割もあります。

知人の女性が車の衝突事故に遭ったときに、

相手の車が自分の方へ向かってくるときに

車の内側の運転の邪魔にならないところに、

付けていたお守りが落ちたのをハッキリわかったそうです。

車が衝突する前にお守りが先に落ちたのです。

女性は軽傷ですんだのですが、

避けられなかった事故の中でも守られたことを強く感じられたそうです。

お守りが壊れたり無くなった時は身代わりでもあります。

より良き日々でありますように

何度も同じような夢をみることも  

 

夢をみる中でときどき似たような夢をみることがあるかもしれません。

 

人によって内容は異なるでしょうが、

 

どこかへたどり着かなければならないけれど、道を探していたり、

 

急に暗いドームの中に入り込んで行ったり、

 

探し物が見つからないで夢の中の自分がひどく困惑していたり・・・・

 

人間的な生活では支障をきたしていなくても、

 

このような夢を頻繁に見る方もいます。

 

夢は現実界と霊界、魂の世界をつなげているために、

 

自分自身の魂の約束事を思い出させられるのです。

 

そういう夢から目覚めたときに、気持ちがスッキリしない、

 

自分がやるべきことがある気がするが、わからない・・・

 

この生き方でいいのだろうか?と

 

その都度に考えさせられてしまうかもしれません。

 

それは夢で通じていることですから、

 

必ずやらなければならないことにいずれたどりつくことも出来ます。

 

霊的な示唆を受けているのですが、

 

3次元に波及してくるまでには(人間の成長もふくめて)

 

多少の時間がかかってきます。

 

霊的な自分と肉体的な自分とがバランスととれたときに

 

現実的にもはっきりしてくるのです。

 

焦らずにいま出来ることを片付けて進んでください。

 

これからの時代は幸せを構築していくべき時代でもあります。

 

ご自分に否定的にならないで、自分を大切に

 

 

こわい感情になってしまう

もともと人づきあいが好きだった方が、

 

あるときから

 

人の目が怖い

 

人混みが怖い

 

人と接することが怖い

 

自分の欠点ばかり気にかかって仕方ない

 

霊的なことが原因でそういう気持ちになってしまうことがあります。

 

自信に満ちあふれていたはずなのに、仕事で多忙が重なってきたときに、

 

いままで考えもしなかった人の裏側の気持ちを考えるようになってしまった。

 

病院の薬を飲んでも、この感覚意識が変わらないことがあるかもしれません。

 

これまで物質的世界の自分と内面の世界の自分の霊性が極端に反応をして、

 

霊的な自分と肉体的な自分が一時期バランスを崩し、

 

過敏反応を起こしてしまうこともあります。

 

霊的な気づきの時期が訪れたときに、

 

過敏に反応を起こす方もいますがおそれないこと。

 

自分だけが孤独と感じる

老人の孤独、ひとりっこの孤独、いじめの孤独、1人暮らしの孤独など孤独の

 

種類はキリがないほどにあります。

 

大家族の中で育っていても一人自分だけが孤立しているように

 

感じている人もいます。

 

他の家族は互いに話も合い楽しそうだけれど、

 

同じ親子兄弟でも自分だけはどうしても話が合わないし、

 

心から笑えない思いでいる人もいます。

 

霊的な見地から言えば、人は親子家族でも皆、魂も違いますし

 

に生まれた役割が違っていますから

 

全く同じ行動や考え方をして100パーセント共有することは不可能です。

 

自分のことを大親友でもわかってくれない、

 

親も理解してくれないことなどもあります。

 

わかってくれないから余計に追い込まれて

 

孤独感が強くなることもありますが、

 

特に感受性、霊感が強い方は孤独に追い込まれやすいものです。

 

気持ちの中が誰かといても淋しい孤独感、

 

話しても理解をしてもらえない孤独感、

 

笑っているのに作り笑いのように感じる孤独感、

 

誰も自分のことをわかってくれない孤独感・・・・・など

 

内面の、スピリチュアルな自分の魂に気づいていくことで

 

癒されていくことがはじまります。

 

人の悩みが重たく感じてしまう人

人の悩みの中に気持ちが入り込んでしまう人がいます。

 

例えば、友人や知人と話をして悩みやグチを

 

親身になって聞いているうちに、

 

とても相手の感情や感覚意識に入り込みやすくなってしまう人がいます。

 

ときには話している当の本人よりも

 

気持ちが入り込んで、悩まされてしまうことになったりするかもしれません。

 

単純に心配性で考えすぎではないかと思われがちですが、

 

このような方はとても感受性が強く霊的な感性があることが多く、

 

人の気持ちが伝わりやすいのです。

 

人の世界も霊的な世界も思いの意識につながります。

 

一人に解放されたときには、気持ちを切り換えて深呼吸!

 

聞かされた悩みやグチを「吐き出して」

 

新しい新鮮なやさしい空気を「吸い込んで」切りかえて、

 

そしてお参りや森林浴ができたらよいですね。

 

気を入れ換えていけますように。