家のドアをガチャガチャ開けようとする音

10数年住んでいるご家族の家で普段は問題がないけれど、

なぜか数年に1回か2回くらい家の入口ドアを開ける音がする。

大急ぎでドアスコープで覗いてみても誰もいない・・・。

 

ドアを開けても誰もいない・・・・

それに誰かが来たとしたら、

門扉を開ける音もするはずなのに

門扉はなんともなくあけられて気配もないのでした。

 

ごくたまにそういう事があるのでというお話を伺っていると、

土地の問題でいろいろ現象が起こることもあるのですが、

この場合にはどうもそうではないのです。

 

そこのご主人がとても感受性が強いのと、

霊とは思っていなくても引き寄せやすいという事もありました。

 

それでしたら、どうしてときおりなのか、

もちろん頻繁でも困りますが、

このようなことが起こる時にはとても落ち込んでいたり、

ネガティブになっていたり

とにかくご自分自身がうまく体力気力をコントロールできていないようなときに起こりやすいのです。

 

いつもは気力体力で押し返せるものが、

気負けしてしまうようにパワーダウンしているような時でもあります。

 

霊感が強い方や感受性が高い方は、

精神的にめげないように気をつけることも大事ですが、

とことん疲れ切ってしまう時や

コントローが効かないほど弱ったりネガティブになっているときには

自分を責めたり、人を責めたり、過去のフラッシュバックしやすいので、

悩んでも責めても解決できないことは悩まない、考えない、思いださないことです。

 

どうぞご自分に優しく人にも優しく、苦しみは呼吸とともに吐き出してふぅー

新たな次へ進んでください。

 

 

 

ネガティブ意識、時間感覚のズレ

淋しい、友達といても淋しい、付き合う相手も淋しい、

親に言ってもむなしい、誰といてもむなしくなる、生きていて何がある?

むなしい、誰にも自分のことはわかってなどはくれない、

どれほど努力を重ねても思うようにいかない・・・・・。

 

ひとたびネガティブ思考にはまると、次から次にマイナス思考に覆いつくされることにもなります。  あれもこれも怖い・・

 

人間的に考えてもどうしても納得しきれない心の苦しさから解放されていくためには、短絡的には「いなくなりたい」とか「自分なんか・・」となりがちです。

けれども、この感情は肉体的な部分から感じとらされるのであって、単に自分がいなければ楽になると考えすぎているからです。

 

苦しいときに苦しいままにいなくなっても、その苦しさは残ることになります。

目に映ることはなくても、自身は心や精神、霊性も含んだ内面からも存在しています。

 

自分の内的な部分を支える霊性は、人生のネガティブな体験も多く取り入れて、自身の成長のために霊的(スピリチュアルな)なポテンシャルを高めていこうとしています。

 

注意しなければならないことはネガティブになりすぎてしまうと、過去の時間に何度も気持ちが戻ってしまうことがあります。

空間の中では誰もが時間を行き来することができます。

何度も同じことを考えて思い出しては戻ってきていることもありますが、

楽しい記憶ならうれしいのですが、悲しく辛い、憎いなどの記憶ばかりで行き来をしていると、霊体(霊的な体)も疲れてしまい、

そのために心身の疲労が激しくなってしまう方もいるのです。

 

例えば、懐かしい音楽を聴いていると必ず昔の嫌な出来事を思い出してしまい、つらくてお酒を飲み過ぎてしまう人もいます。

 

過去の出来事ばかりに感覚が行きすぎて過去の時間にとどまる気持ちの時間が増えすぎてしまうのかもしれません。

過去を思い出し自分を否定的にしてしまうのでは、懐かしい音楽はあまり長く聞かずに別の音楽に切り替えたり、気分転換に外にでかけたり気持ちを切り替えて進んでいくことも必要です。

 

エスカレートしてしまうと現実世界との時間のズレが生じてしまうこともありますから気をつけないといけないのです。

霊的な感受性が強い方がこのような時間感覚のズレにおちいりやすくなるのと、マイナスな過去に入り込んでしまうために霊に憑かれてしまうケースもあります。  ご自分を責めたりしないで大切に。

 

流されすぎないように

 

テレビを始めマスコミという情報社会はなくてはならないもので、毎日さまざまな情報を得ることができます。

 

ニュースもファッション・旅行・健康などすべての知りたい情報は何らかの形で知ることができます。

 

健康にしても何を食べると身体に良いとかキリがないほど取り上げられて、翌週にはそれらを取り扱った商品等が売り切れ続出状態だったりします。

 

これは健康に皆さんが興味を持たれて楽しんでいる流れなのですが、とにかく良ということだけで摂取しすぎて検査の数値が上がってしまったという人もいます。

 

 さまざまなものが科学的に解明されてくると、さらに善し悪しが判明することでしょうが、本来はすべてのバランスがとれていれば問題ない存在だと大概の方はわかっています。

 

しかし健康食品に限らず、視覚、聴覚に訴えてうまくアレンジされて情報を伝えられるとついつい信じてしまう。それが流行りの原点であり商売が活性化することも確かですが、最近では新商品が次々と生み出されるために、

 

なじんでくる前にまた次のものへとすごい速さで流動しています。もっともキリのない前向きな需要と供給は必要と思います。いき過ぎもバランスを欠いてしまいます。

 

 私たち人の身体も細胞分裂で維持され、毎日、体細胞分裂が体内でなされ、古いものは新しいものにつくりかえられていますが、前述の需要と供給においても流行り廃りが生活にかかわることを考えれば、社会という世界での細胞分裂がやはり日々繰り返されているのではないでしょうか?

 

 けれども古いものは新しく生まれ変わるというだけで、私たちの骨格や内臓、筋肉はいつもと変わらず我が身に存在しています。

 

我が身で起きている細胞分裂の自然さがすごいことだと感じます。自然の流れはすべての状態や条件が作用を起こしてつながっているのです。

 

 話を元に戻しますと、私たちの身体は自然な流れを自分の意識しない意思を持って毎日身体の内部で活動しています。

 

この瞬間にもウィルスと戦っているし、がん細胞とも常に戦い守って流れをつくっています。自力で頑張っているのです。

 

自然な流れを自分で知っているのですから、世の中の情報や流行にくれぐれも流されすぎないように。逆らいすぎても面白くはありませんが、みさかいなく流れに巻き込まれないように。

 

最低限の流れの中で自分が泳げる程度に巻き込まれるくらいがちょうど良いのかも知れません。 

 

 遺伝子が生涯を定義づけているかのように言われますが、自分自身にも遺伝子レベルで癒していける力を備えられている可能性があるのではないかと思います。

 

マスコミやyoutubuなど様々な情報も見聞きできますが、どれが正しいのか判断するのは自分自身でもあります。

惑わされないように

 

 

よかったかな

 

いつも自分の決断に迷ってしまい、

 

後からも後悔やいつまでも決めたことに戸惑ってしまうと

 

なかなか気持ちが 前に進みづらいことになってしまいます。

 

過去を振り返ってばかりになり過ぎてしまうかもしれません。

 

例えばこの会社でよかったかな

 

この洋服を買ってよかったかな

 

結婚してよかったかな

 

この人と旅行にでかけてよかったかな

などなど

 

自分の過ごしてきたことをとても気になって、

 

決断してきたことを悔いてばかりになってしまう。

 

そういう考え方を持っていると違う決断をしてきたとしても、

 

結果はそう変わりません。

 

自分が自分で決めた判断を疑ってばかりはいけない。

 

なにより自分が自分を信じなくて誰が信じるのでしょうか。

 

あなたの人生も魂もあなたの決断で成り立ってきています。

 

意思を持って生まれてきたのです。

 

過去を振り返りすぎないでこれから進んでいくべき方向へ

 

気持ちの時間を進めていかれますように。

 

 

 

自分だけの位置

 

たいしたことないとか、なんでもない立場に生きていると感じて悩んで、

 

人生をつまらないと考えてばかりいると、

 

他の人の生き方の良いところにばかりが気になってしまいます。

 

自分がつまらなくなると他人と比べて、

 

羨んでしまったりすることにもなってしまいます。

 

素晴らしく見える人も、もしかしたら心が満たされなくて

 

人知れずに悩んでいたりすることもあるかもしれないのです。

 

自分の生きる位置は自分にしか守れないことを大事にしていかな

 

ければ、満たされていくことはないのです。

 

他の誰もが自分の身代わりにはなれないし、

 

魂と霊体が個性を持った窮屈な体にいて

 

どんな人生を過ごすかもそれぞれに違いますが、

 

どんなに比較しても他人の人生は変わることが出来ないです。

 

自分の良き個性にしあわせを見つけ出せるのも心次第ですが、

 

羨んだ気持ちで他人をみていると

 

いつまでも自分のいる位置に満足が出来ないことになってしまいます。

 

ライバルがいるから苦労も出来たというのは羨む気持ちとは異なり、

 

生き方の目標を持った進み方にもなります。

 

他人と比べて苦しむ時間は自分をいじめているにしかすぎません。

 

守護霊もご自分自身の魂は苦しむことを望んではいません。

 

目に見えるもの価値観の基準で焦り過ぎないように。

 

自分の生きるペース、

 

自分にしか生きられない人生の位置を大切にしてください。

 

霊的に惑わされる

霊感や感受性の強い人は社会や生活上の悩み事や、

嫌なことでも相手と自分の性格の合わなさに

戸惑いやもめごとに悩まされながら、

時には我慢しながらバランスをとろうと頑張っていますが、

 

霊的な感覚の強すぎる人の場合に

相手の性格や霊的な憑きものの違和感を

肌身に受けやすくなってしまうこともあります。

 

特に体が疲れすぎたり、神経を使いすぎたり

コントロールしづらくなるほど疲弊してしまうと

冷静さを見失いがちにもなることがあります。

 

もちろん霊的なことも無視できませんが、

肉体的精神的に対処を先に考えなければならないときもあります。

しんどい相手でも押さえる心の力が強いときには、

それ以上には心の中には浸透してくることはできませんが、

 

自分が弱ってしまったときには

今までは相手と自分と対等に接することができていたのに、

自分自身の心が何らかの理由で落ち込んでいくなど、

相手の霊的な憑きものが何十倍にも大きく感じられてしまうこともあります。

 

また人が悪心を持つと、悪意を持つ憑きものは我が意を得たりと近づき、

人の心の隙間に入り込んでくることがあります

入り込まれて押し出そうとする力が弱く

悪心ばかりが強いときには

人も霊も深みにはまりこんでしまうことにもなりかねません。

肉体的にもエネルギーを使います。

 

落ち着いたスペースで瞑想深呼吸をしたり、

柏手を叩いて波長を切り替えることも大切にしてください。

 

つらい

つらいときはっきり原因がわかっているときと、

原因がはっきりしないつらさがあります。

 

原因がはっきりしなくても、

ちょっとしたきっかけで「つらい」という気持ちの落ちかたを

してしまうこともあります。

 

自分の心が自由を失ったように「つらい」。

病院に行くほど問題なく生活はできるけれど「つらい」。

 

そのような心の状況下に霊的な影響がかかわっていることもあります。 

霊的といっても霊だけが憑くという原因だけではありません。

心の深い部分はご自分の霊魂でもあります。

 

「つらさ」は霊的な自分と、

肉体的な自分とのバランスが少し乱れているときかもしれません。

たとえば人間的な肉体の自分は「こういう生き方をしなければいけない。

 

あれもこれも欲しい、まだ足りない。」などと思っているとしても、

本体である霊的な自分はそこまで望んでいないし

本来の生き方をはずれようとしている考え方を

引き戻そうとしているかもしれません。

 

「つらさ」に疲れたら、なるべく上を見上げて

心と向き合える空間と時間をつくってください。

人と比べすぎないことも、人の言葉にとらわれすぎないことも大事です

 

 

魂が傷つく穢れると感じるとき

日々の生活の中で普通に生活はしているものの、

 

心の奥深くで魂が傷つくとか、魂が穢れる感覚を受ける方もいらっしゃるかもしれません。

 

感受性が強い人は表面的には周囲の方と歩調を合わせて、

 

仕事をしたり勉強したりと頑張れることはできても、

 

なぜか冷めている自分がいて、表面より内面を常に考えてしまいます。

 

普通は現実と心の問題くらいで解決しようとしますが、

 

ときに自分の魂が穢れるような思いに駆られたり、どうしてだか不安で仕方がないなど、

 

今の生き方に納得できないことや、

 

方向性が違っているを知らされていることもあります。

 

生きる方向性が間違っていない時には、

ご自分への評価が下がってしまっていたり落ち込んでしたりするときに不安も強くなります。

 

あるいは現在や過去の環境や、人や自分を責めてばかりいる時間が多くなっているかもしれません。

 

「生き方を変える」というのは大げさな表現でも、「考え方を変える」というのはちょっとしたことでもできます。

 

責めるよりも「否定しない」ことから心の解放が始まり感謝ができます。

思いが変わることで、出会いにも変化が出てくるのですから、

だいじなことは、まずは自分を否定せずに、受け止めて「愛」すること

 

 

部屋の鉢植えや花がもたない

 

ご自分が忙しすぎたり、問題や悩みを抱え込み過ぎていたりすると、

 

心身も疲れ気の巡りも悪くなります。

 

あるいはたまたまお仕事で、

 

なんとなく陰気なところへ出かけなけれなならなかったなど、

 

感受性の強い方は、お部屋の雰囲気や波長も重苦しくなるかもしれません。

 

全体に気の流れが悪い時は、家に飾っている花がすぐに枯れてしまったり、

 

しおれやすく鉢植えや、花も葉の持ちがいつもより短くなってしまうこともあ

 

るかもしれません。

 

木や花は自然界の変化には敏感です。

 

不調和があれば清めていこうとする力が働いてきます。

 

悪い気を吸い込んでくれる、生花は浄化してくれます。

 

花が枯れることは浄化を表しています。

 

神棚のお榊などすぐ枯れてしまうようでしたら早目にとりかえてください。

 

落ち着くまで何度か生花をとりかえてみることも必要です。

 

犬猫などのペットは同様に見えない変化を感じやすいので、

飼い主さんは元気をあげるために、

近くでも良いですから気持ちが良いと感じる神社へ

お参りをすることも方法のひとつです。

(入りづらいところは無理に行かないようにしてください)

 

遺品や形見のご処分について

 

ご家族や身内の方を亡くされた後に、

衣服や遺品を片付けなければなりません。

しかし思い出もあるし、

また亡くなった方に申し訳ないような思いなどで迷ってしまいます。

 

家が広くいましばらく置けるのならよいですが、

誰にも使われないままに長く保存されることは難しいかもしれません。

 

形見として大切なものはもちろん形見分けをしたり、

ってくださる方に差し上げたりして、

何点か残されて置かれることは当然のことですが、

例えば衣服や着物をケースや袋に詰めて、

捨てるのは申し訳ないようなやりきれない思いでまたとり出してみたり、

「でもこの先このままとっておくことはできない・・・・・・・」。

 

保管しきれずに処分を考えしまったり、

処分する物との別れが早いのかもしれません。

あと一ヶ月考えてもよいかもしれない。微妙なことです。

どうしても処分で悩まれるときには袋に入れたときに、

お香かお線香を1、2本入れて処分していかれることです。

 

亡くなられた方への供養と大切に使われた品物に思いを込めて。

単に、物として考えられるのならよいですが、

すんなりと処分できずに悩む方もいらっしゃるのではないでしょうか。

これまでの感謝を込めてご処分なさってください。

 

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