精神世界 切り替えが起こっています

2011年、空前の大災害がいまだに救援作業の渦中で、原発問題も集結までには時間を要することとなります。

被災地へ素人が出かけて簡単にお手伝い出来るような災害ではないために、歯がゆい思いやら不安と恐怖が混乱をまねいてしまいます。

混乱は現実的な世界の混乱だけではなく、自分の心の中でも起こり始めています。 現実的に引き起こされた現象が、それを見聞きし、人の目も耳も五感も心も魂もすべてを変えようとしていかなければならない力が働き始めてきます。

目や耳は毎日大災害の報道から、およそこれまで経験したことのない災害に対して疑いたくなる状態です。感情はぎりぎりのところまで追い込まれて、今回の災害の悲しみで満たされ、地震、津波、火災、原発事故による恐怖が次から次へと襲ってきます。

これまで常日頃悩んできたことが小さな出来事であったのかを身をもって知り、これまでの自分に腹立たしさをもった葛藤が生まれる場合もあります。

大切なものについて受け止め始めます。
考えるのではなく受け止め始めます。
感じ始めます。

いま起こり始めてきた一部の現実的な崩壊により、個人の小さな生活の欲得が洗いざらい空虚なものとなってくるでしょう。

すべてがとても果敢なさ(はかなさ)をもち、失望が自分の心を逆なでしてくるかもしれません。 現実的におざなりにいい人で生きようとしていた感覚にも自分で嫌気がさしてくることもでてきます。

これまでの生き方が世の中を中心に何故か無理に世の中に合わせようとしてきたこと、 幸せに対しての定義が欲と道ずれになっていたことに気づき、生きる幸福を考えさせられます。人間がその切りかえのための意味もある災害、事故が引き起こされました。 便利さと欲しいものを手に入れるための危険さとが紙一重に存在していたことを身をもって知らされています。

霊的な変化精神的な変化がすでに始まっている人は、非常に自分のこれまでの心に苛まされることがでてきます 自分がこれまで悩んできたことが吹き出すように表面化してくるでしょうし、自分のいたみや弱点が押さえきれない思いで吹き出してきます。

優しすぎて人に断ることもできずに、頼んだ本人ができるであろうこともやりすぎてきたとしたらそういう自分の弱点、悪点を知らされます。

例えばですが、できないことを助けてあげることは良いことです。

人のためにやりすぎることがどうして悪といわれるのかというと、できることをしてあげると相手の悪心はまた頼ってきます。それを何度も繰り返していると相手は言うことをきく人にゆだねてしまいがちです。

意のままに動かそうとしてしまうこともあります。

それがいくつもつながり始めたら悪を生み出します。それらを食い止めてしまうための動きと灰汁ざらいのときを得ているのです。

逆に善の連鎖も起こっています。

いまここでお伝えしているのは小さなことが大きな悪心を動かさないように霊的な戦いでもありますが、感じとれた方がそれらを変化させる思いの力を持たれています。 そして今までの自分を入れ替えたいと感じるほどの違和感がでる方もいると思います。それが内在している霊的な本質と、現実界の表面的自分との交流が入れ替わってくるのです。

ある日突然切り替わってくることもあると思います。守護霊を変えて変わるものとは違い、自分の感情や心の中で光を見出してこなければ神の輝きを感じられないのです。神性をもった自身の魂に出会うためにはいくつかの心のもつれ、いざこざ、悶着の嵐と押し寄せる波が心の中で巻き起こります。

人に苦しみの刃を向けても意味がなく余計に自分が苦しむことになってしまうことがないように。新次元へ移動していきますが、物質(肉体も含めて)が人を動かしてきた世界から魂の本質が自らを動かしていくように変わります。そのためには急激な変化が世界に必要となってきます。