心に悔やまれて残る反省は自分を苦しめるばかりです

*ご本人の承諾を得て掲載しています

過去の出来事がいつまでも心に残ることもあります。

ただしどこまで過去に縛られてしまうのか、

人を恨まずに自分ができなかったことを悔やんだり

長い間責め続けていても、

自分を責め続けていることになって、

いつまでもその意識から抜け出せずに引きずってしまいます。

60代の主婦Aさんは、お仕事も辞めて10年前に

ご主人の母親(義母さん)が病気もあったので

ご自分たちのお家で同居することになりました。

食事のお世話もカロリー計算も必要な義母さんに、

Aさんは毎日一生懸命に介護されていたのですが、

もともと口の達者な義母さんは、

ことごとく食事のこと、

やることなすことに小言を言われたり、

息子であるご主人にはやさしく接しても、

いちばん世話をしているAさんにはいつも厳しい。

 

数年がんばったある日、

Aさんはもう自分では介護できないことをご主人に話したところ、

これまでの状況を見てきたご主人も理解してくれて、

施設に入ってもらうことにしました。

それでも施設に入ってもご主人が面会に行くと、

そこでもAさんへの恨み言が義母さんが言っているようで、

Aさんには面会に行かない方が良いと言ってくれたのです。

ご主人の他のご姉弟たちにも

Aさんのことを悪くしか話さなかったそうです。
3年ほどして義母さんは亡くなり、

義母さんのお位牌やご供養はAさんご夫婦のお家ですることになり、

さんは毎日お花お線香、お供えを欠かすことなくされていますが、

それでもAさんは自分がもっと義母さんにやってあげれば良かった。

なぜ追い出すように施設に入れてしまったのか、

もっとこう仕上げたらああしてあげたら良かったのではないか、

どうしてできなかったのだろう・・・などなど
苦しい反省ばかりでAさんは苦しんでご自分ばかりを責めていました。

確かに義母さんにとって息子のお嫁さんであるAさんのことが、

初めから気に入らなかった感もあります。
嫁姑というものはなかなかむずかしいお宅が多いものです。

ただAさんはご自分を責めすぎて、心身ともにまいっていたのと、

何もAさんだけが悪いわけではありませんから、

もっといろんな力や支えや協力が必要だったのです。

Aさんに介護を任せて他の義姉弟は無関心でした。

義母さんはもう霊的な世界にいますから、

生前の気持ちが徐々に薄らいできています。

ですから義母さんが恨んで取り憑いていることもありません。

そういう事もご説明したのですが、
それでもAさん「もっと面倒見れなかったか、

私が小言にガマンできなかったのがいけなかったのではないか・・

私が悪かったのではないか」
そう繰り返しては苦しんでいらっしゃいました。

 

これではご自分をいつまでも縛り付けて
自分でおまえが悪いと鞭でたたいているようなもので

いつまでも心が痛いままです
過去はできる限り心から手放して記憶は残りますが、

執着にならないように、過去は学びです。

やさしいAさんはボランティアもされたり、

ご家族のことも大切にされてきました。

義母さんのことは、お寺で護摩木でご供養をしていただき

Aさんの思いを込めて、

これで義母さんと心の仲直りをしていただくように

参拝していただくことにしました。

 

「一つ区切りをつけることで気持ちが解放されたようです」とおっしゃっていました。

Aさんはがんばって日々を前向きに過ごされています。

生きると言うことは、乗り越える問題が次々とありますが、

どう思いどう乗り越えていけるか、

乗り越えた後に思い残しがないように

できる限り一生懸命になさって来たのですから

苦しみ過ぎないように 

良き日々でありますように