人も霊やお化けも意識でリンクされていることも多いです

霊といわれる存在を視えたり感じたりする人も多くいます。
見えなくても聴こえなくても、人の感性や意識の中に入ってくることもあります。
その中でも生きることを助けてくれる、あるいはその人の人生を影ながら守っていくために守護の意識が働きかけてくることもあります。(善き働きかけをしてくれる存在)
けれども逆に、人の意識の中にその人以外の守護とは異なった、霊の意識が入り込むこともあるのです。
通常はそれが良いか悪いか自分自身の考え方と、心の中で振り分けて判断できる状態ですが、あまりにも霊的な意識が強く、幾重にも連なっているような場合には、人の感覚が気づかないうちに徐々に取り込まれて感覚意識が、自分なのか自分ではないのかが上手に判断できなくなることもあります。
はじめのうちはなんとなく変だなと違和感を感じることも多いのですが、意識が捉われてしまうと、人の気持ちが奥底に閉じ込められてしまったようになってしまい、内面の自分自身の気持ちが身動き取りにくくなり、まるで自分ではない「何か」に意識を使われてしまうような現象も現れてしまうこともあります。
自分の体も心も魂も自分のもので自分自身でなければならないはずですが、その支配権をまるで誰かにコントロールされてしまったような感覚が出てくることもあるのです。
よく霊的な現象を起こされて、自分ではない自分の中の意識に悩まされてしまうケースがありますが、これは俗に霊に憑かれたともいわれます。
ここで「霊とかお化け」とか言われている不浄仏霊のことをご説明しますと、人は体を失い物質的には「死」を迎えたことになり、肉体は無くなり霊体の存在になりますが、通常は多くの場合、しばらくしていくと霊体も肉体と共にいたころの感覚としがらみから開放されて、いわゆる霊界に戻っていくことになります。
けれども何らかの理由で生きているときの「思い」が強く残り、肉体が終わったことに気付かないでいたり、気付いてはいても「思い」があり過ぎるがために、この世に「意識が強く残る」こともあります。
もちろんそれにはそれ相応の理由があってのことではあります、「悲しみ」「恨み」「苦しみ」「恐怖感」「裏切り」「執着心」などなど、心の悲哀が幾つもいくつも重なり「霊体と意識が強くこの世に残ってしまうのです。
そういう霊に影響されて長いこと続いてしまうと、人も霊も幸せなことではないですし、いつまでも何処にいてこれからどうしたら良いのかもわからなくなってしまうこともあります。
そういう意識に入りこまれてしまうと人は落ち込んでしまったり、自分自身の感覚が鈍くマヒしているようになり、自分の前に自分でない意識が立ちふさがってしまうこともあります。
霊という存在は私たちよりももちろん過去には人として生きて、しかし確実に「存在していた」。過去においては人です。
けれども亡くなってから、思いの意識を残し続けてこの世に残った時点から人間ではありません。しかも霊界にもいかず、霊体にもなりきれていませんから意識が彷徨ってしまうことになります。
思いの残ったままの意識が、現在を生きている人の意識に影響されてくると時間の感覚にズレが生じてくることもあるのです。
霊といわれる意識存在は、亡くなった時点から時間が止まってしまった状態でもあるのですから、過去になくなったときの状態、時間の空間のまま、あまり動いていないようなものです。
人間世界でも、例えば5年前に嫌なことがあって、そのことを思い出すときに過去の時間に戻ってしまったような独特の感覚があるようなことです
お話は少しそれますが、霊的な影響を受けやすい人はときには「自分は霊的な影響を受けてしまうと、自分自身の過去のあった嫌なことばかり思い出してしまい、何時間もそのことを思い出して、何時間も捉われてしまう、過去のせいにしてしまったり、人のせいにしてしまうことから気持ちが抜けられなくなったり」そういうこともあります。
強弱はあるもののこのような傾向はあるものです。
けれど人は誰もがいろいろな記憶を持っていますから、マイナスな出来事も、楽しいプラスな出来事も経験しています。
ただどこまで自分を責め続けるのか、あるいは過去の出来事を払拭しようとするのか、前向きに考えようとするのか、自分以外の意識と向き合い自身の心の主導権を取り戻していくのかが、一つの課題でもあります。
ときによって自分との戦いでもあります
そういう影響を受ける人が悪いのでもありません
そこに居座る意識の霊たちが悪いのでもありません
苦しみや恐怖が長すぎてしまったのです
不安に苛まれてしまうために、人を責めてしまう
自分の存在を見出したいためにも人をせめてしまうこともあります
霊的なお仕事していると、過去の戦国時代の状況や因縁が出てくることもいまだにあります。
そろそろ古き出来事の因縁が断ち切れてくる時代ではありますが、今しばらく残っています。
けれどもこのままでは不幸なことがリンクしていくことは避けていかなければなりませんから、お互いに出来ることを模索していかなければならないのではないでしょうか。
時間が気になったり、昼も夜も関係なくなったりさまざまですが、ひどくなるとおよそ通常の感覚意識が当てはまらないことにもなります。
そしていま人の社会は精神的に大きく変わろうとしていますし、霊的な世界そのものも変化しています。霊界にいかれない「思いの意識が強く残る霊たちの世界でも」おそらくその変化を感じ取ることはできているはずです。
供養されていかなければならないことは片付けていかなければならないですし、浄化されていかなければなりません。
そして同時にそういう影響を受けてしまわれた方ご自身も、ご自分の状態に気付いていかれることも大切なことです。霊であろうと人であろうと自身の意識と体(肉体も霊体も)であることが真理につながります。

 

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