お魚と甘いものが大好きだった母親

先日は母の日でしたが、私の母はもう30年も前に亡くなっております。

ですから母の日に何かをプレゼントをすることもできないのですが、そんなことを思って

いましたら、昔のことを思い出しました。

母が亡くなって49日のときに、母の親しい友人がいらしてくださって「先週お母さんの

夢を見てね。家にきて大好きなお魚を食べたい。煮魚が良いって私のところへきたわよ。

だから翌日お魚を煮てテーブルにお供えしておいたわよ」と言ってくれたのです。

その親しい母の友人は、お料理屋さんを営んでいて、お料理はプロですから、おいしい煮

魚を食べたくて一度でしたが夢で現れたのでした。

 

また一周忌の前くらいに、私が異常に甘いものが食べたくて仕方ないのです。

それも自分ではいつも食べたいとは思わないはずの「おはぎ」がすごく食べたいのです。食べたくて仕方ない

 

いつもならケーキのほうが好きでしたから、そこではっと!気がついて、おはぎは母の

大好きな食べものでした。おはぎとか羊羹とか無類の和菓子好きだったのです。

忙しさもあってお供えもできていませんでした。

お供えもして、それに人に食べていただくことが好きでしたから。

時折いらしてくださる母の友人たちにもご一緒に召し上がっていただいたりして

それからはそういうこともなくなりましたが母の日にそんなことも思い出しました。

いくつになっても母親はよく思い出します。

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行き止まりの繰り返し

順風満帆な人生はなかなかありません。満足いく人生を歩んでいるつもりでも、ある日突然に、夢も希望も潰されるような自体が起こったり、自らがやっていることに魅力を感じなくなることさえあります。

それらが霊的かと言えばもちろん組み込まれた試練かもしれません。

 

人はご自分の人生を受けて生まれてきた以上は、自分とつながりの深い意識に動かされ、表面的には理不尽とも思えることに見舞われることもあります。

苦労と喜びの行き交うような人生が「結果を考えると、魂の大きな成長にもなるのです」

でもそれはいろいろ落ちついていかないと気づけないことでもあります。

 

「大変な経験をしたけれど、大きな人生勉強になってよかった!」などと思えるのは・・・・・。

生きる方向性の「壁」にぶつかったら、身動きできずに止まってしまったり、とりあえず右か左か後ろにちょっと戻ってみるか、勢いがある人は無理やりに壁を押してみるか、立ち往生してしまうか、進み方もそれぞれです。

 

人生あみだくじではないですが、いい加減な意味ではなく、壁にぶつかったらどの方向に行くべきかを、柔軟に考え、同じあやまちをしないために次のしあわせを見つけるためにも次の流れを見出していかなければなりませんが、

疲れ切ってしまうと良き流れや波動が悪くなってしまうのです。

ご自分なりのリフレッシュをしながら次に進むことも大切です